第2話「錬精術士のお仕事」2
わたし、エル・シィラの生業といえば、それは一般に『
ミストは不確かな存在である「霧」を意味すると共に、「
具体的に何をする仕事かといえば、客の求めに応じて薬品の調合し、それを販売するのである。
害虫や害獣の駆除、農薬などの調整調合も依頼されることはあるが、本来ならそれらは別の職種の領分で、最近街にやってきたそういう技術を持つ人々が
現在の主な顧客はもっぱら冒険者であり、連中のために
……先代の「おばあさん」が居た一昔前には、冒険者でない民間人の客も多く、風邪や病気に効く薬をその都度調合して売っていたものだが……代替わりしたせいか、それとも専門職を持つ都市住人が増えてきたためか、店を訪れる客は減り続ける一方である。
来店する客はいなくても、つくった薬をメルカが市場に卸していたりするため、いちおう儲けはあって、一人で生きていくぶんには困らない稼ぎはあるのだ。
まあ、素材を仕入れる資金がだんだん少なくなっているのは事実で、それはイコール、調合できる薬の幅が狭くなるということもであるのだが……。ミーネルなどの常連客はたいてい自分から素材を持ってきてくれるので、特に切羽詰まった問題とは感じていない。
……先代から引き継いだ店の評判を落とすのには若干の抵抗はあるし、冒険者のような手に職をつけないその日暮らしの連中と同格扱いされるのも嫌だが、贅沢は出来ないまでもまともな生活をできるぶんの稼ぎがあれば、わたしはそれでいいと考えている。
ウチに目をかけて、経営コンサルタントなどを派遣したギルドには申し訳ないとは思うものの――まあ、そういう風に感じるのも都市の「加護」なのだろうが、だから今も――
もしもこれが未知の症状で、それが本当に『ヌース』に関連するものであるなら……今から可能な限りの対応策を用意できるのは、店の評価を上げる契機になるのかもしれない。
別にエイフがこのままアホ面を晒していようと構わないのだが――つまり変に手を加えて悪化しても構わないので、いろいろ好き勝手にやってみようと、わたしは状態異常の患者を店舗側に残し、車イスを操って工房側に移動した。
……エイフに対してわたしの当たりがキツいのは、言うまでもなくヤツがバカ野郎だからである。
ギルドの運営する幼年学校に共に通いながら、卒業後、ヤツは技術職や生産職に弟子入りするでもなく、自ら命を危険に晒す冒険者の仲間入りをした。それは勇敢さではなく、努力を放棄した安易な道だ。
わたしたち
多少筋肉はついていても、わたしとほとんど変わらない体格の華奢な少年。力比べになれば競り負けるのは明白で、そのため戦いには
そんな亜人のクソザコ少年が、大昔より安全になったとはいえ、危険に溢れた冒険者の世界で生きていけるはずもないのに――
今もまだ五体満足でいられるのは単に、運が良かっただけ――この都市の「加護」と、ミーネルたち『
現に、先日だってお粗末なヘマをして怪我を負い、教会の世話になったばかりだし、今もこうして状態異常になってウチに運ばれてきた。未だに五体満足なのが不幸中の幸いと言えるが、ともすればもっとヒドい状態かもしれない。
しっかり治してちゃんと後悔させてやるには、まずどうしてくれようか。
とりあえず、これを魅了の症状と仮定して――
たいていの状態異常というものは、心身のバランスが崩れることで起こるものだ。
たとえば「興奮」するタイプの魅了というのは、性的欲求が過剰になったために引き起こされるものだと言える。その欲求を放出・発散させてやれば興奮は収まり、魅了は解けるのだ。
過剰なものを放出することで満足する、というのは矛盾しているようにも聞こえるが、要は身体の過剰は精神の不足を意味しているのである。肉体的な性欲が強まっているからこそ、それを解消できないという心の「飢え」、不足を覚えるのだ。
そういう意味では、手っ取り早く解決するのに花街は適切である。これが魔術的なものであればまた話は変わってくるのだが、そちらの方面も花街の女たちの得意分野だ。
魔術の才を持つ者は女性に多く、そういった女魔術師を『
で、今のエイフだが、これはもう一つの「自失」に近い。恍惚ともいう。何かに夢中になって、我を失っている状態。こちらは精神的な欲求の方が強くなった結果、肉体がそれに追いついていないと言える。なので、身体の方に刺激や活力を与えてやればいい。
これもやっぱり花街の出番だが、一つ注意すべきは、突然の強い刺激に耐え切れずそのままショック死してしまう危険性があるということ。こういう場合は薬の出番である。
というわけで、今求められるのはいわゆる精力剤、身体機能に活力を与える類いの、若干の調整を加えた回復薬だろう。
ウチにある回復薬の在庫は今朝、メルカが市場に卸してしまったので、新たにつくる必要があるのがやや面倒だし、時間もかかるが――まあ、適当に実験してみるか。
工房の中央には布で覆い隠された、大きな釜が設置されている。通称、万能釜。
ただしこれは料理に用いるものでもなければ、焼き物をつくる「窯」とも違う。いちおう調理も出来るしどちらかといえば「窯」に近くはあるが、使われる火力は魔術的なものだ。
釜のある天井には明かり取りのための天窓がある。カーテンに覆われたそれを、天井から下がった紐を引いて開く。日は弱いが、陽光の強さはあまり関係ない。重要なのは、空からの――太陽という天体から光が射し込むことである。
太陽をはじめとした天体からの光には、『
これを「線」とするか「波」とするかで、錬精術の流派は大きく二分されている。「波」とする派閥は『魔力線』を『
そのため、ウチでは中道であり原点でもある考え『
ともあれ、その魔力線を光と捉え、利用するのがこの万能釜の役割だ。
光を集めて熱を生み、火を起こす――基本的な原理としてはそういう具合。
小窓のついた小さなドアを開けると内部に空洞があり、そこに素材となるものを入れる。今回だと滋養強壮に効く植物などを水の入った容器に突っ込み、釜の中にイン。
ドアを閉めると、横についたダイヤルのメモリを用途に応じて変更する。
ダイヤルは内部に備え付けられた、魔力線に反応する鉱石『
そちらを調整した後、また別のダイヤルを回す。これは釜の上部及び内部にあるいくつかの集光レンズを動かすもので、ダイヤルの示す数値が動員されるレンズの数であり、それがイコール素材に照射される光の強さとなる。
集められた光、つまり魔力線は感光石に反応を促し、内部の物体を燃やしたり、熱を与えて乾燥させたり――鉱石を風化させて砂にしたり、固体を溶解させ液体に変えることが出来るのである。魔術を発生させる、という言い方も出来るだろう。
現在は水に沈めた植物を煮沸し、成分を取り出しているところ。ただ、熱を加え煮沸するだけなら、このような大掛かりな装置はいらない。
ここで重要なのは、感光石による作用で植物の持つ『
この装置はそうした魔術的作業を、魔術の才能がない者にも行えるようにするためのものなのだ。そのために感光石にも特殊な処置が施されている。
そして、そうやって加工……「
ちなみに、この万能釜自体は儀式魔術の産物であり、魔術工学の生み出した芸術だ。
そも、錬精術とは魔術から発展したものである。魔術が才能を……魔力線を肌身に感じることが出来る素養を必要とするのに対し、錬精術は知識と設備さえあれば誰にでも実践できるよう理論化された「技術」なのである。
そのため、大都市の方では万能釜の数を揃えることで回復薬などの大量生産を行おうとする風潮になっているそうで、職業としての錬精術士は減少の傾向にあるという。
そうやってつくられた各種回復薬は「誰にでも、ある程度の効果」を発揮するもので、『万能薬』と謳われて販売されているらしい。
……が、実際のところは『汎用薬』と呼ぶのが相応しい性能である。『万能薬』なんてものは理想に過ぎない。そのため患者を診察しオーダーメイドする職業錬精術士のつくる薬品には遠く及ばないが――まあ、いずれはウチの卸す回復薬に取って代わることもあるだろう。
先のない職を選んでしまったという点で言えば、わたしもエイフを悪くは言えないが――冒険者よりはマシであるという点は譲れないところ。
……ともあれ、そうやって時代の流れを憂いているあいだに、錬精が終わっ――
「……?」
その時、誰もいないはずの背後から、物音がした。
―――第2話「
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