寄り道

kanaria

寄り道

 「好きです。付き合ってください」

高校に入って一年と少し私は告白をされた。私を好きになった理由とかそういうのはまだ聞いてない。恥ずかしいし、なんか怖いから。


 高校に入って一年と少し僕はずっと好きだった人に告白をした。ずっと、ずっと、言えずにいた。恥ずかしかったし、なにより怖かったから。


 「ねぇ、お腹空かない。どっかいかない?」

「どっかって、どこ?」

「それは、まあ。どこ、だろう」

夏。高校に入って二年目の夏。あと一週間で学校も夏休みに入り学校内でしか関わらない人とは一ヶ月以上会わなくなる。私と彼は付き合っているもののあまり交流がない。彼はまあ、私のことが好き、なんだと思う。けど、私はまだよく分からない。好きとか付き合ってどうするだとか。今まで誰とも付き合ったこともないし、それに誰かを好きになったこともなかったし。気になった人はいたけど、けどどうすればいいのか分からない。なんで私のことなんか好きになったんだろう。どこが良いんだろう。


 学校の帰り道、バスの中で彼女と話した。もっと一緒にいたくて。苦し紛れに誘ってみた。自分でもなに言ってるのかさっぱりで、いかにも慣れていない。ずっと好きだった相手に好かれようと、嫌われないようにと慎重に言葉を選んだ結果だと思う。返答を聞くとあまりのり気ではなさそうだ。俺のことやっぱり苦手だったかな。無理、させてるかな。不安や自己嫌悪でもっと会話が下手になる。どうして、俺の告白を受け入れてくれたんだろう。やっぱり無理に付き合ってるのかな。ちゃんと話さないとな。


 学校から30分、夏休みの部活の後私は彼に誘われて小洒落たカフェに来ていた。夏の暑さも本格的になり立っているだけでも汗が滲んでくる。日焼け止めは塗ったけどそれでも守りきれなさそうな日差しがじりじりとアスファルトと私の肌を熱している。

「先中入るか」

扉を開けて中に入ると客はあまり居ないようだった。寂れているという感じではなく、厳かで品のある感じ。席は埋まっていなくてもこれが万全の形な気がする。入り口にいてもわかるコーヒーの匂いが鼻腔をくすぐる。

「一名様ですか?」

「後からもう一人来ます」

「かしこまりました。お好きな席へどうぞ」

店員から促され分かりやすいように窓際のひらけた席に座る。

「お冷です。ご注文お決まりでしたらお声がけください」

「ありがとうございます。えっと、それじゃあアイスコーヒー二つ」

「かしこまりました。アイスコーヒーがお二つですね。お待ちください」

客層は女性がほとんど、8名ほどの中に女性客が6名。それぞれ二人組で友達と来ている風だ。他の2名はパソコンに向かってなにやら仕事をしている様子だ。アースカラーがベースの落ち着いた雰囲気。所々に飾られた観葉植物が癒しを提供してくれている。程よく涼しい室温に店内に流れるBGMもちょうどいい音量でそれも上手く作用している。カウンターを覗くとちょうど豆を挽いているところだった。豆を潰す音が小気味よく聞こえてくる。

「ごめん、お待たせ」

入り口のベルと同時に彼の言葉が耳に入る。振り返ると走ってきたことがすぐにわかるぐらい息を切らしている。そんなに必死にならなくてもいいのに。

「こっち」

手招きして席に着くよう促す。

「ごめん、ほんとごめん。お待たせしました」

「だからいいって。部活今大変なんでしょ、それぐらい気にしないよ」

「ありがとう。えと、もう頼んだ?」

「二人分。もう頼んであるよ」

「まじ?ありがとう」

「お冷です。どうぞ」

「ああ、どうも。すみません、お騒がせして」

「いえ、ごゆっくりどうぞ」

意外とそういうところがしっかりとしている。彼は結構気を遣いがちになる場面が多くて育ちが良い印象がある。たぶん私を誘ったのもそういった気を遣ってのことだと思う。話し合うとかそんなとこだろうか。

「南さんは、練習はどうでしたか?」

「練習?うん、まあそうだね。えー普通?かな」

「そう、だよね」

「暦くんは、部活どうだったの?」

「俺もまあ普通かな」

二人の間に気まずい空気が流れているのが目に見えてわかる。こちらとしてはいつ本題に切り替わるのかそわそわしてしまう気持ちが抑えられずにいる。彼からもタイミングを窺っている様子も見てとれるし。その時どう答えればいいのか今考えておかないと。

「あの、急なんだけどさ。どうして付き合ってくれたの」

分かっていたことだけど、やっぱりいざという時にその答えは直ぐに出てこない。正直に言えば嬉しい気持ちはあった。けどそれは好きだからではなくて、もっと自分にとっては小さい気持ちだ。承認欲求に近いかもしれない。こんな自分でも好きになってもらえるんだと思った。これは恥ずかしくて言えないけど。でも嬉しかった気持ちは本当で嘘でも、同情とか申し訳ない気持ちとも違う。だけど、これを言葉として伝えるにはどうすればいいんだろう。

「正直、私は暦くんのこと。まだちゃんと好きになれてない。告白されたのは単純に嬉しかったし暦くんは悪人じゃないのは知ってたし。一応小学校から一緒だしさ」

「覚えててくれたの」

「そりゃ覚えてるよ。何回かクラス一緒になったし。まあ忘れてる人もいるけど。暦くんは忘れてないよ」

「ありがとう。そういえばさ、ちゃんと言ってなかったけど」


 南さきは皆んなと違っていた。マイペースであまりクラスの輪に溶け込まないタイプだった。俺はどっちかと言えば皆んなと何かをすることが多かったし部活もバスケ部でチームで何かをすることに慣れていたし。真逆だと思っていて、何でもひとりで出来てしまう彼女は憧れだった。彼女をちゃんと知ったのは中学の時だった。学校に忘れ物をしてしまって取りに戻った。日が完全に沈みきり夜が空に広がる時間。ピアノの音が聞こえてきた。俺は誘われるようにその先へ向かった。生徒は全員下校して先生もほとんどが帰宅したなか音楽室からは俺を誘う音が流れていた。どきどきと鳴る鼓動を抑えて扉から覗き込んだ。普段を知っているから余計にそのギャップにやられてしまったのだろう。真剣にピアノを弾く彼女はとても美しくてかっこよかった。俺はその日から彼女のピアノを聴くために学校に忘れ物をするようになった。でも、これは恥ずかしくて言えない。絶対言えない。

「ちゃんと言ってなかったけど、俺が南さんを好きな理由は努力家で好きなことに一生懸命で、でもちょっと抜けてるとこもあって。そういう、真っ直ぐなところが好きです」

面と向かって言うのはやっぱり恥ずかしい。恥ずかしいけどちゃんと言わなくてはいけないことだと思うから。大好きな人に言葉でちゃんと伝えたいから。


 「、、、」

恥ずかしくて言葉に詰まる。面と向かって好意を伝えられたことがほとんどなかったから。こういう言葉にはとても弱い。今見せられる顔じゃないかも。どうして人間はこうも簡単に心が動いてしまうのだろう。もちろん嫌いではなかったし悪い印象もなかった。けど好きって感じでもなかった。彼をちゃんと知ったのは中学の時。ピアノの練習を切り上げて休憩していた時だった。ぶらぶらと廊下を歩いているとキュッという音が聞こえてきて、その先へ向かった。生徒はまばらに校内に残って先生もまだ数名残っていた。日が沈み始めカラスが鳴いて皆んなが帰り始める時間。体育館からその音は聞こえていた。ゴムが床を擦る音が体育館に響いていてその中にはひとり汗だくになりながら練習をしている人がいた。何度失敗しても、転んでも。何度も起き上がってボールを投げる。ゴールが決まっても満足せず何度も。私の中の須藤暦の印象は悪くはなかった、どことなく掴めない印象。空気が読めて皆んなに好かれる人。こういったこととは無縁の人だと思っていた。真剣な眼差しとそこに向かう姿勢はとても素敵でかっこよかった。それから私はたまに彼の練習をこっそり覗くようになった。彼から元気をもらっていた。でもこれは彼には秘密だ。

「私はちゃんと暦くんのこと。好きになりたい」

言葉にするにはまだ足りないけど、これから先私の方が彼を好きでいられるくらいもっと彼を知りたい。ちゃんと好きだと伝えられるように。

 高校二年も半年が過ぎて冬が来た。豊かに緑を付けていた桜の葉も少しずつ落ち始め冬の始まりを教えてくれる。今日も彼と同じバスに乗って帰り道を共にする。少し違うのはふたりの距離だろうか。始めてふたりで乗ったバスは拳二つ分くらいの距離があって今思えば微笑ましく思える。

「暦、お腹すいた」

「どこ行く?」

「どこでも」

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寄り道 kanaria @kanaria_390

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