第13話 突撃

「バカッ、やめろっ! 本当に死ぬぞっ!」

 声を上げ、私の無謀な出発を引き留めたのは、意外にもヒムロだった。


「今の戦いも見たが……お前はまだ弱い。妖術も、その赤い剣を使ってその程度だ。妖力もあまり残っていないだろう? 剣術にしても、『犬神』との戦いで、お前だけ負傷したって話じゃないか」


……痛いところを突かれた。確かに、カツミさんも楓も無傷だった。


「お前まえこにいる退魔師達に勝っている点があるとするならば、『身軽さ』だけだ。それもこの『初心者~中級者向け』と言われている、阿久藩においての話だ!」


 この発言には、他の退魔師達も一瞬、顔を強ばらせたが、反論はない。


「……さっき砦に向かうお前はまだ冷静だった。引き際をわきまえている風に見えたが、今のお前はヤケになっているだけだ。お前一人でどれだけの戦力になるというんだ……それに、お前が言う娘が本当にこの世界に必要な存在ならば、死ぬことはないんだっ!」


「……この世界に必要な存在?」

 動きかけていた私の足は、止まった。


 「ああ……もう気づいていると思うが、私も『向こう』の世界の人間だ。神の『名代』として……お前とは異なる神だが。お前、『日本』の出身だろう? 私と同じだ。それはともかく……その若い神々にとって、私達は『アバター』みたいなもんだんだ」


「アバター?」


「ああ……自分達で直接操作することこそできないが、『告知者』を通してこれからの行動について『指針』を与えている。それに、一定以上の能力……わかりやすく言えば、チートを行っている。さらには、偶然を装って、通常では絶対入手できないような強力な武器や防具を渡し、そして戦いの場に送り込む……私達は自分で考え、行動しているようで、実のところ操られているんだ」


「……よく意味がわからない」

「つまり、『神』達は、私達がどういう行動を取るのか、『楽しんで』いるんだ」


「そんなことありませんっ!」

 茜が反論する。


「少なくとも、倭兎神様は本気でシノブさんの事を心配しておられます。無茶なことをする女の子だって……命を落とされた原因も、そうだとお聞きしました。倭兎神様にとって、シノブさんは唯一無二の存在……シノブさんが今度亡くなれば、この世界に別の方をお送りすることはできない……貴方は、たった一人の貴重な存在なんです」


 涙を浮かべ、必死に反論する。


「……なるほど、じゃあ、『楽しんでいる』は言い過ぎだったかもしれない。だが、『試している』ということはないのか? 異世界の人間なら、こんな状況でどんな行動を取るのか。そうでなければ、『観察』の意味がないのではないか?」


「……それは……分かりません。でも、だからってわざと悲劇的な状況を作り出すような方ではありません」


「なら、『国創命くにつくりのみこと』の発案か……その神様は、私達の世界で言う『ゲームマスター』だ。だから、やっぱり今回のイベントで人間がどういう行動を取るのか、試しているんだ。あるいは、今の私達の会話だって、聞かれているに違いない」


「……それで、『この世界に必要な存在』っていうのは、どういう意味?」

 なかなか核心に触れてこないことに、私は苛立ちを覚えた。


「神がこの世界を『ゲーム』のようなものと位置づけているのなら、私達のように異世界から送られてきた者以外は、いわば『NPC』だ。本当にシナリオに重要なそれなら、何らかの方法で生き延びられるように設定されているのさ」


「……じゃあ、生き延びられるよう『設定』されてなければどうなる?」

「そりゃ、死ぬだろうな」

「だから死なないように助けに行く。神が『必要』としていようがなかろうが!」

 無駄な時間だった、と私は思った。有益な情報でもあるのかと思っていたのに。


「シノブさん、ちょっと待ってくださいっ!」

 今度は茜だった。

 彼女は自分の首に掛けていた護符を外して、私に手渡した。


「……この護符には、相当量の『妖力』が封じ込まれています。これも家宝の一つ……恐らく、今の貴方であれば、使い切れないほどの『妖力』が手に入るでしょう」


「……ほう、またあっさりと『強力なアイテム』が手に入ったな」

 ヒムロが不敵な笑みを浮かべながらセリフを放った。


 茜は一瞬、彼女をキッと睨んだが、すぐに私の方に向き直り、


「それとたった今、倭兎神様からお告げがありました。『国創命様は、もう何百年も前から直接歴史に干渉することはせず、人間や妖魔、動植物、自然の変化など全てをただ見守っているだけ』だそうです」

 と伝えてくれた。


「……ありがとう。だけど、私には難しい話はどうでもいい。ただ、ヤエを救いたいだけだ……じゃあ、急ぐから……」

「はい、お気を付けて……」


 そして、今度こそ駆け出したとき、背後から声が聞こえた。


「シノブ、絶対無理しないでねっ、茜と……私も本気で心配してるからっ!」


 私は一瞬振り返って、楓に片手をあげて返事をし、そして全力で走り始めたのだった。

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