第12話 砦攻略

 その後、掃討作戦は、夜を徹して話し合われ、詳細が詰められていった。

 連隊にはそれぞれ『い組』から『る組』まで、いろは十組が名付けられた。

 私達は『い組』、やはり筆頭だ。

(『へ組』だけ語感が悪いため名前としては除外)


 先発隊だからと言って、出てくる妖魔を片っ端から退治しなければならない、なんてことはない。敵がいるってことを後に知らせてあげるだけでも構わない。


 また、安全なルートを確立するって意味もある。

 盗賊二人、忍者一人がメンバーっていうのは、まあ、偵察任務を期待されているということだろう。


 それに、巫女の茜は、瘴気を感じることができる。

 格闘は苦手だが、明炎大社の神官と城の侍が彼女を護衛することになるだろう。


 狩人の楓は、弓での遠距離攻撃が得意。接近された場合にはカツミさんが護衛。

 もう一人、「江田兄弟」の仲間になったばかりという人は、侍だという話。これは単純に攻撃力向上のためか。


 こう考えると、「偵察、瘴気探知に優れ、かつ攻撃力もそこそこ」というチームカラーが浮き彫りになる。つまり、『先発隊向け』の構成なのだ。


 一応、

「危険だと思ったら、『緊急離脱』の笛を吹いて逃げても構わない」

 という話だったが、先発隊だというだけで既に危険だ。

 その分、『大物の妖魔』を倒せば魔石を独り占めできるが……。 

 

 翌日、私は明日の準備として、前日の冒険の反省点も踏まえ、まず『基本治癒妖術』の護符とお札入れを、これは明炎大社で売っていたので買っておいた。

 その他、治癒用の使い捨ての『札』や『薬』も買いそろえた。


 『犬神』の魔石は、普通の二頭が二両ずつ、『首領格』が八両もの高値で買い取ってくれ、大いに驚いた。

 私の分は戦闘での活躍分を考慮して、六両。

「三人で倒したのだから、三等分した四両でいい」と言ったのだが、妙なところで強情なカツミさんが譲らなかったので、六両、ありがたく頂くことにした。

 

 その日の午後、翌日に一緒に『連隊』を組むといことで、メンバーが集まって顔見せを行った。


 城の侍は『尾張六右衛門』さん、二十代後半ぐらいで、大柄でいかつい肉体だ。正式な侍で、家柄もいいそうなので、頭もいいんだろうな。


 次に『明炎大社』の神官、『憲斗のりと』さん。やはり二十代後半ぐらい、弓矢と太刀を装備している。背は高いが細身でイケメン。陰陽道にも精通しており、『妖術』も得意だという。


 そして「江田兄弟」、うん、想像通り胡散臭い顔つきだ。

 互いを『狐助こすけ』と『蛇助じゃすけ』と呼び合い、本名は教えてくれない。


 二人とも小柄で、それぞれ本当に顔が狐と蛇に似ている。三十歳ぐらいか。


 盗賊といっても犯罪者、と言う意味ではなく、例えば妖魔に奪われた『お宝』を取り返したり、低級妖魔の巣に急襲をかけたりと、『退魔師組合』などから受けた依頼を達成させて生計を立てているという。


 こう見えて、『仲間を裏切ったことはない』とカツミさんが言うので、ある程度信用できるのだろう。

 ただ、『自分達でもなれない』忍者にあっさりなってしまった私を、あまり心よくは思ってなさそうだ。


 最後の一人は若い女侍で、名を『ヒムロ』という。これも本名ではないらしい。

 体格は私より一回り大きい程度。歳は私と同じぐらいだろうか。

 美人だが、たしかにその視線は冷たく、鋭い。


 最近阿久藩に来たばかりで、『対魔師登録』したのは数日前だが、決して『退魔』初心者ではないという。

 なんとなく、愛想がないというか、反応が冷たい。

 それになんか、私の方をチラチラと見てくる。


 ちょっと気味が悪いな、と思っていると、彼女はほんの少し剣を鞘から抜いて、その刀身を見せた。


 全員、びくっと彼の事を見つめる。

 刀身が……青白い。


「……見ての通り、私は変わった『魔剣』を持っている。こいつは『付与妖術』もいくつか備えている……シノブと言ったな……その剣、少し見せてくれないか?」


 ……なんだ、私の『緋炎ノ剣』に興味があったのか。

 どうしようか迷ったが、みんなが注目しているし、どうせ戦いになったら見せることになるので、ほんの少し鞘から抜いて刀身を見せた。


 おおっ、というどよめきが起きた。

「赤い刀身……やはり……普通の剣ではなかったか。では、もう一つだけ教えてくれ」

 彼女の視線が、より一層鋭くなる。


「おまえは、自分の能力を、正確に把握できるか?」


 ぞくん、と寒気が走った。

 思わず、隣に座っていた茜に目をやると、彼女も驚愕の表情で、両手で口を押さえていた。


 なぜ、この娘はその事を知っている? まさか……。


「……やっぱりそうか……やっと見つけた。そしてそっちの巫女が『告知者』か……これは面白くなってきたな。これも『神』のシナリオかもな」


 間違いない、と思った。

『シナリオ』なんて言葉を使った時点で、この娘はこの世界の人間じゃない。

 たぶん、私と同じ『召喚された』人間だ。

 一度死んでおり、こちらの世界では、おそらく『特殊能力』を付与されている……。


 なぜ今回の討伐に参加したのか、なぜ私に自分の正体をばらすようなマネをしたのかは分からないが……警戒した方が良さそうだった。


 『狐助』さんと『蛇助』さんも愛想がいいとは言えず……打ち解けぬまま、この日は解散した。


 翌日の早朝。

 いよいよ、妖魔討伐、および砦破壊のための進撃が始まった。


 実はこっそり三方から砦に近づき、一気に急襲する案もあったのだが、討伐隊の大軍を見て逃げ出してくれたならその方が砦を破壊しやすい、ということで、阿久川の川原を、あえて目立つように進撃を行う。


 先発隊の私達は、『待ち伏せ』や『罠』がないか調査しながら進むという使命があった。

 盗賊二人が、先行して警戒しながら歩みを進める。


 その後方に、三十メートルほど間を空けて私が、その後、五十メートルほど間を空けて他の六人が固まっている。


 特に『茜』と『楓』の二人は、ほかの男に厳重に囲まれていた。


 ただ、楓の方はたまに私のところにやってきて、状況に変わりはないか、とか、隊形このままでいいのか、とか話しかけてくれる。


 私は隊の前後の伝令役とはいえ、やっぱり一人で歩くのは寂しいので、ときどきこうやって来てくれるのは嬉しかった。

 素直にそれを伝えると、ちょっと顔を赤らめて「誤解しないで、あくまで作戦の相談だから」と素っ気なかったが、嫌そうではなかった。


 ただ、一つ妙な質問……

「茜、呼んできてあげようか? 話とか、したいでしょ?」

 にはちょっと困ったが……今は任務中だから、とごまかしておいた。 


 ……前方で、たまに戦闘が起きる。どうやら盗賊二人が、片っ端から低級妖魔を倒しているようだ。私が駆けつけたときには既に何も残っておらず、

「どうした、定位置から離れるなよ」


 と注意される始末で、それ以来、もう向かわないようにした。

 一時間ほどして、茜から「瘴気が急に強くなっている」と警告があった。


 笛でそのことが他の連隊にも知らされた。

 そしてまもなく、前方でまた戦闘が始まった。

 今度は少し手こずっていたので、近づいてみると、盗賊二人と『犬神』一頭が戦っているではないか。


「犬神だっ!」

 と大声で叫び、剣を抜いて近づいたのだが、すぐにその敵の体は爆散した。


「……どうした、定位置から離れるなよ」

 肩で息をしながらも、平静を装う盗賊二人。


 後から仲間達も走って来たが、盗賊の彼等は

「犬神一匹ぐらいで騒ぐことはない」

 と、冷静だった。


(強い……)


 さすがに精鋭部隊に選ばれるだけの事はあると思った。

 そしてこんな強力なメンバーが、百人以上も揃っているのだ。


 これなら負けるはずがない、と次第に不安は消えていったのだが……この時点ですでに、あまりに単純で恐ろしい罠にはまっていると、誰も気づいておらず……想像を絶する激闘に巻き込まれることになるのだった。


 出発して、約四時間。

 とくに大規模な戦闘が起こることもなく、阿久川の中流域にたどり着いた。


 そこからさらに一時間ほど山中を歩くと、その場所が見えてきた。

 盗賊の二人は立ち上がり、見上げていた。

 私と、他の『い組』のメンバーが集まる。


「あれか……なるほど、砦に見えないこともないな」

 山中にしてはやや開けて、日が当たる広い空間に、ぽっこりと小山が突き出している。


 直径百メートル、高さ三十メートルぐらいだろうか。

 そのやや急な斜面に、段々畑の境のように岩が積まれた『層』が存在する。

 石垣のつもりかもしれないが……本当にただ岩を『積み上げた』だけのようだ。


 しかしその裏にどれだけの妖魔が隠れているかわからない。

 さらに山頂は平らになっているようで、木製の杭で柵を作り、ぐるりと取り囲んでいる。


 その内側には、木製の建物、そして一番高い物見櫓ものみやぐらまで存在している。


 といっても、建物には屋根らしきものが無く、櫓も木材を数本縄で結んで、頂上部に人一人がようやく立てるほどの板が置かれているだけのようだ。


 現在地から砦までは、約三百メートル。こちらから弓を撃ってももちろん届かないし、砦の上から撃ってもこちらまでは来ないだろう。


 岩の『層』にしても形がいびつで、途切れていたり、崩れていたり、上の『層』とつながってしまっていたりする。


 周囲が開けているため、こちらの大部隊が接近していることにはとっくに気づいているだろう。


 「……どれだけの数の妖魔が、潜んでいるかよく分からないな……ひょっとしたら、もう逃げちまったんじゃねえのか?」


 とカツミさんが声を出したそのとき、数本の矢が砦の中腹から放たれ、そして我々のかなり手前に落ちた。


「……残念ながら、いるみたいね……茜、瘴気はどんな感じ?」

 茜の友人でもある楓が、助言を求めた。


「かなり、濃いですが……なにか不自然って言うか、奇妙な感じ……よく実態がつかめないです。ただ、妖魔は確実に存在しています」

 まあ、矢が飛んできた時点でそれは確定している。


 弓を使うと言うことは、おそらく『小鬼』、そこそこ知能のある低級妖魔だと狐助さんが教えてくれた。

 後続部隊も、続々と集結。もちろん、誰一人として欠けていない。


「妖魔の数とか、配置、武器なんかの情報が欲しいが……偵察するといっても、こちらの接近はすでにばれているから……一気に力責めすべきか。いや、いくら何でもそれは無謀か……みなの意見を聞きたい」


 と、六右衛門さんが藩主に仕える本物の侍らしい言葉を出すと、


「……本来なら、私達が乗りこんで調べるべきだろうが、臨戦態勢の砦に潜入するなんてことはさすがに無理だな……こりゃあ厄介だぞ」

 蛇助さんも悩んで答えた。


 うーん、このままでは先発隊としての『い組』の意味がなくなる。

 そこで私が、一歩前に出た。


「なんだ、おまえ……一人で乗りこむ気か?」

 狐助さんが、ちょっとからかい気味に声を掛けてきた。


「ええ……私は本物の『忍者』ですから」

「ええっ!」っと、『い組』のほぼ全員から声が出る……ただ一人、『ヒムロ』を除いては。


「……やるのか? だが、何か策があるんだろうな。今度死ねば……本当に死ぬぞ」

 その言葉の意味を理解できるのは、彼と私、そして巫女の『茜』だけだ。


「うん、別に一人で戦おうって訳じゃない、『威力偵察』を行って、ついでに攪乱してくるだけだから……自慢じゃないけど、逃げ足には自信があるの。『犬神』に追われても、私なら逃げ切れるよ」

 そう言って、剣を抜いた。


「本当に大丈夫なのか? 俺達が反対から攪乱かくらんしても構わんが」

「平気ですよ……それに蛇助さん、言ってたでしょう? 『いきなり忍者になれた者が、どんな技を使うのか見てみたいもんだ』って」

 そう、私は彼にこんな皮肉を言われていたのだ。


「ふっ、そうだったな……まあ、ちょっと掻き回して帰って来るって言うなら止めはせんが、深追いはするなよ」

「ええ、任せてください」


「ちょっとシノブ! 本当に平気なんでしょうね? って言っても、私は何にもできないけど。あんたがケガとかしたら、茜が悲しむでしょう?」

 楓のその言葉に、『い組』の全員が笑った。


「えっ……な、何?」

「おまえは間抜けか。一番シノブのこと心配してるのはおまえだろうが。バレバレなんだよっ!」


 楓の姉であるカツミさんが、頭を掻きながら小言を言う。

「あっ……ち、ちがうよっ!」

 彼女は真っ赤になって反論していた。


「シノブさん、ご自分の能力を正確に把握している貴方なら無茶はしないと思いますが、十分気を付けて、早めに引き返してくださいね。倭兎神様も、たぶん心配していらっしゃると思いますから」


「うん、大丈夫……けど、なんかウズウズしてるんだ。私も、この『緋炎ノ剣』もね」


 ようやく、忍者としての活躍ができそうだ。それにこの剣も、その実力を出し切りたいと考えているように思えた。


「……敵が思わぬ反撃をしてくるかも知れませんので、全員、警戒が必要です。他の連隊にも、それを伝えておいてください」


 楓が伝令役となり、『威力偵察』、つまり小規模な戦闘を伴う偵察活動を行うと、各連隊に知らせて回った。まあ、これで『い組』としての役割は果たせそうだ。


 彼女が帰ってきたことが合図となった。


「じゃあ……軽く行ってくる」


 そして私は、敵の砦に向かって走り出した。


 牽制のために、各隊の妖術師が遠距離攻撃妖術を砦に放つ。

 火炎弾や雷撃が届いたが、積み上げた石垣に当たり、霧散する。


 直進する妖術では、その裏に隠れる妖魔たちにダメージを与える事ができない。しかし、奴らの私への攻撃を封じることには役立ってくれた。


 一気に砦への距離を縮める。

 残り百メートルを切ったところで、上に着込んでいた忍装束を脱ぎ捨て、黒いビキニアーマーのみの姿になる。

 その上で『緋炎ノ剣』の『付与妖術』を使う。


「行けえぇ、『跳躍破裂炎兎弾ヴァーストラビット』!」


 緋色の刀身から放たれる、高速の跳躍弾。

 二メートルほどの高さで飛び跳ねながら砦に到達し、最下層の石垣を跳び越え、その内部で爆裂した。


 ぱっと赤い炎が立ち上がり、続いて響く破裂音。

「おおっ!」という歓声が後方から聞こえた。


 二発、三発と『跳躍破裂炎兎弾ヴァーストラビット』を放つ。

 炎に包まれながら小鬼が飛び出して来たが、後方支援の『雷撃』の直撃を受け消滅する。


 そして私は、ついに砦にたどり着き、その最下層の石垣にかきついた。

 その後は、『パルクール』の応用だった。


 積み上げた岩に飛び乗り、飛び移り、疾走する。

 石垣の影に時折小鬼を見かけたが、奴らが弓をつがえたときにはそこに私の姿はない。

 神から借りているビキニアーマーの加護もあって、前世よりずっと体が軽い。


 不規則に移動し、飛びはね、駆け抜ける。

 ときにフェイントを織り交ぜ、ときに風のように。

 そして少しずつ、砦の頂上を目指す。


 不意に目の前に、二つの大きな影が出現。私よりでかい。

(あれが『劣鬼』か……遅いっ!)


 劣鬼は石垣の「岩」を引き抜き、私に向かって投げつけようとしていたが、そのモーションが完了する前に二体の間を回転しながらすり抜けた。


 『緋炎ノ剣』の鋭い刃は、なんの防具も身につけていない劣鬼の体を易々と切り裂いており、数秒遅れて二つの体躯は爆散した。


 時折、矢が振ってはくるが、威力も弱く、既に私が通り過ぎた地点にしか当たっていない。

 そもそも、砦内に潜入した敵に対する攻撃など、ほとんど想定していなかったのだろう。


 時折見かける妖魔達は皆混乱し、慌てふためいている。


 ――夢の中を疾走しているようだった。

 夢中になって修得した『パルクール』の技術で、本物の忍者として敵の砦を駆け抜け、妖魔を倒し、そして大勢の注目を集めている。

 ああ、私はこの瞬間のために、生まれ変わったのだ――。


 ……しかし、ここで私はある疑念を抱いた。

(あまりに簡単すぎる……)


 いや、それでも気を抜いてはいけない。砦の上方に『大妖』がいる可能性もあるのだ。


 岩を次々に飛び移り、転がり抜け、疾駆する。

 待ち伏せしていた小鬼には、弓が放たれる前に手裏剣で始末した。

 そして遂に、最上部の柵を乗り越え、木製の大きな屋根のない建物にまでたどり着いたが……何も出てこない。


 扉があったので蹴飛ばしてみたが、まるっきり無反応、気配すら感じない。


 「跳躍破裂炎兎弾ヴァーストラビット!」


 開いた扉から炸裂弾を投入し、爆発させたのだが、それでも何の反応もなかった。


 思い切って飛び込んでみると……その建物の中はがらんどう、何にもない。

 妖魔も一匹も存在しなかった。


(どういうことだ……ひょっとして、砦を捨てて逃げ出したのか……)

 いや、秘密の抜け穴とかがあって、どこかに潜んでいるのかもしれない。念には念を入れねば。


火炎障壁リヴァー!」

 建物の内部で、炎の障壁を作った。


 当然のように、それは木製の壁面に燃え移り……やがて黒煙が大量に吹き出し始めた。


 私は建物から飛び出し、警戒して周囲を見渡したが、慌てふためいて逃げていく十匹ほどの小鬼以外、この砦内には妖魔が存在しないようだ。


 何か釈然としない思いのまま、無人となった砦を駆け下り、途中で忍装束を拾って素早く着込み、『い組』のみんなの元へと戻った。


「おまえ……たった一人でこの砦、落としちまいやがったか……」

カツミさんは信じられないものを見た、という表情。


 他のメンバーも、燃えさかる砦の頂上と私の顔を交互に見つめ、言葉を発しない。

 あの冷静そうだったヒムロまでもが動揺しているようだった。


「いえ、それがもう妖魔たち、ほとんど逃げちゃってたみたいで……私、低級妖魔数匹しか倒していません。『犬神』も出現しなかった」


「……逃げていたた、だと? なんだ、そういうことか……そりゃ、そうでなけりゃ一人で落とせるはずないよな」

 その会話を聞いて、一同、緊張を緩めた。


 すぐにその情報は他の連隊にも知らされ、なんか拍子抜けしたような、一仕事終えたような、物足りないような……それでも、みんなほっとした明るい表情になっていたのだが……。


「……なんだ、あれ? ほら、あっち、城下町の方!」

 別の連隊の、誰かが叫んだ。

 そして全員その方角を見て、息を飲んだ。


「煙が上がっている……まるでこっちの砦の煙と呼応するように……」

『明炎大社』の神官、『憲斗のりと』さんが、呆然とそうつぶやく。

「まさか……まさか、城下町が攻められているのかっ!」


 侍の六右衛門さんが大声で叫んだ。

 百人を超える『退魔師』達は、騒然となった。


「なんてことだ……私達はおびき出されてたんだ……そして戦力が薄くなった城下町を、妖魔共は急襲したんだ……こっちは妖魔の残りカスしかいない。はめられたんだっ!」

カツミさんが悔しがる。


「いや、大丈夫だろう。城にも『明炎大社』にも、いつもより少ないとはいえ、それなりに戦力が残っているはずだ。『宮司代理』もいるんだろう? 少なくとも城や神社は私達が戻るまでは、持ちこたえるだろう」


 クールなヒムロがそう分析した。しかし、私にとってはそれだけでは十分ではない。


「じゃあ、『退魔師組合』の建物は……」

「……普段なら待機、訓練している『退魔師』や猛者の職員が相手にするんだろうけど、その多くが今回の進撃に参加しているからな……襲われたらひとたまりもないな」


カツミさんも焦っている。


「そんな……それじゃあ、参加していない職員……八重達はどうなるんですかっ!」


 その言葉に、茜も楓も、はっと顔を上げて、次にそのまま顔を覆った。


「今から私達が急いで引き返しても、たどり着くのは夕刻になる。なんとか……町への侵攻を阻止してくれていることを祈るしかないが……」


「……カツミさん、私なら他の人の倍の速度で戻れます……私だけでも戻って、加勢します!」


「ばかなことを言うな、町のすぐ外に妖魔が大挙してきているはずだ、今たった一人で戻るのは殺されに行くようなものだっ!」

「それでも、私は彼女を放っておけないんです!」


 確かに、ヤエとは長い時間を共に過ごしたわけではないが、小柄で、愛くるしい笑顔を浮かべながら、私の事を褒め、叱り、励ましてくれた。そして何より、この世界で私と心から打ち解けてくれた最初の少女だ。


 今、彼女を守る者は誰もいない。


 私は駆けだそうとしていた……今度こそ殺されるかもしれない戦場に向かって。

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