こうばし


残葉塾校舎には、封令師見習いや、封令師の試験に合格した者など大勢存在し、白柳未介もこの残葉塾出身であった。


「はあ…旦那、そういえば、朝から早く稽古をしているんだったか」


如何に自分が体験した過去の記憶と言えども、彼女が失念する事もある。

そうして、白柳未介と、もう一人の男の死闘を傍から眺めつつあった白柳めゐ。


「(と言う事は、あの隣に居るのが桐嶋きりしま武漸ぶぜんか…)」


現在では桐嶋流と呼ばれる剣術を使った封令師が存在する。

封印した日本刀の封具を使い戦う連中であり、その開祖として知られるのが、あの男、桐嶋武漸である。

元々桐嶋家には武術と言うものが存在はしていたが、門外不出の技術であり、それを他に知らされることは無かった。

なので、昔の封具刀使いは、桐嶋流以外の流派を使う事が当たり前であった。


そんな二人は、意外にも幼馴染の関係性であると聞く。

なので、あの不気味な桐嶋武漸が、唯一敵対する事無く接している人物の一人であった。

二人の戦いを傍目から観戦していたが、次第に視線を外す。


「まあいい、朝が来た事だ、早々に情報収集でもするか…制服は返しておこう」


白柳未介の鞄にバッグを置こうとした時。

ふと、その制服が惜しく感じてしまった。

このまま、彼に返してしまうのはもったいないと思ったのだろう。


「…」


周囲の視線を気にした末に、彼女は教室の中には誰も居ない事を確認。

そして、白柳めゐは、彼の制服を広げると共に、鼻を制服に近づけて、徐に吸い出した。


「すぅ…はッ」


何とも言えぬ臭い。

汗臭いとでもいうのか、しかし、嫌悪感などは無い。

吸った臭いが肺に充満される事で、白柳めゐは得も言えぬ多幸感に満たされる。


「あ…あぁぁ…旦那の香りだぁ…」


過去の記憶が鮮明に蘇る。

初夜の事などを思い出してしまい、彼女は頬を染めながら床に座る。


「旦那、旦那、旦那…だんなぁ…はぁっ、はぁッ」


これが年老いた自分であれば、まだ制御が出来ただろう。

だが、若い体だからこそ、求める欲求も蘇り、抑えが効かずにいた。


「くッ、これだけでは物足りない…もっと。旦那を感じるものがあれば…ッ!カバン、カバンの中に…何か…」


彼女は、そう言いながら、白柳未介の鞄に手を伸ばした。




その男たちの行動は傍から見れば殺し合いのような光景だった。

だが当の本人たちからしてみればそれは単なる遊びのようなものだった。

昔からこの2人という関係性は、封令師と言う職業に就く前より続いている。


1970年代。

この時代はまだ娯楽も少なく、小さい子供たちは、体を動かすことが遊びのようなものだった。


武器を持ったのは幼い頃から。

それは時に木の棒であったり、学校帰りに持った傘であったりした。

放課後には木刀を持って防具の無い稽古を行い、夜になれば戒濁退治の為に真剣を使った。

この二人は、幼馴染といえば聞こえはいいのだが実際は単なる腐れ縁であった。


「疲れたなぁ…お前はやっぱり強いよ」


白柳未介はそう言って自分と戦っていた相手である髪の長い男に褒め称えた。

対してその男は白柳未介の言った言葉など、大して嬉しくもなさそうな素振りで、そっけない表情をして呟く。


「このぐらい、どうと言う事はない、むしろお前が強くなった」


そう言ってむしろ白柳未介の方を褒め称えている。

久しぶりに自分が褒められたことに白柳未介は嬉しく思いながら男の方に顔を向けた。


「えぇ?いやあ、ははッ!久しぶりに褒められた気がするよ、いやお前からじゃなくて他の人間から総合的にでの話だけど」


主に彼の師匠である。

褒められる事は無く、馬鹿にされて笑われる事が多かった。

だから純粋な褒めの言葉は傷ついた心に良く染みるのだった。


「俺は別に褒めたわけじゃない、ただ事実を言ったまでだ」


そのような会話を織り交ぜていた二人はグラウンドを後にした。

いろいろと喋りながら廊下を歩いて行きそして教室の前へと立つ。


「そういえば、黒柩さん、起きていたかな」


白柳未介はつい先日、最終選別にて出会った彼女のことを思い出しながら言った。

まさか一番乗りで教室に入ってきたかと思えばすでに登校していていたことに驚いた。

だが深く熟睡している彼女を見て白柳未介は何気なく自分が着ていた学ランを彼女のために布団代わりとしてあげたのだった。


「大丈夫か?前の衣服の匂いが染み着いてるだろ?」


辛辣な事を言う腐れ縁の幼馴染である。


「何でお前もそんなこと言うの?…普通に傷つくからやめてほしいんだけど、あと俺の服はそんな臭くないから…どちらかといえば南国のフルーツみたいな匂いがするから」


そんなはずないだろうと男は思っていたがそれ以上口にすることはなかった。

白柳未介が教室の扉に手をかけるそして扉を開けるとともに白柳未介は先ほどの白柳めゐがいた場所に目を向けた。


だが彼女はそこにはいなかった。

白柳未介が白柳めゐは一体どこに行ったのだろうかと周囲を見回してみると。

白柳めゐが教室の中心にいた。

しかもその中心の場所には机があった。


「はぁ…はぁッ…旦那、だんなぁ…」


机の上には白柳未介が置いた私物である鞄が置きっぱなしだったのだ。

白柳未介は最初は白柳めゐが一体何をしているのかと首を傾けながら見ていた。

そして白柳めゐは教室に誰かが入ってきたことを悟とともに即座に後ろを振り向いて誰が来たのかを確認した。


「だッ旦那ッ!?いや、違う、白柳ッ!」


「うひゃッ!ひゃ、ひゃいそうでふッ!!?」


白柳めゐは慌てるようにそう叫んだ。

白柳未介は彼女の大きな声に驚きの声を上げた。


「ふ、ふぅ…びびる、…い、いや、起きていたのか、あッ…いや起きていたんですね、俺の席に何か用ですか?」


白柳未介は紳士的な口調で白柳めゐに伺う。

白柳めゐは目を右往左往としながら白柳未介の制服をカバンの上に置いた。


「べ、別に何をしていたというわけではない、ただこの学生服を返そうと思っていたまでだ」


言い訳を頭の中で考えてしどろもろとなりながらも答える。


「そう、だ。そう、ただ名前が誰のものかわからなくて名前が書いていないかどうか確認していただけだ」


苦しい言い訳かもしれないと彼女は思っただが白柳未介はそういえばそうだな、と思った。

制服には名前が書かれていないな、とそれでカバンの方の名前を探したのだろう、と。

しかし、それはそれでおかしい。


「でも俺の制服名前書かれてないですけど、なんでそのカバンが俺のだって分かるんですか?」


制服に名前が書いてあったのならば、其処からカバンを見て察せるだろう。

だが、制服に名前が書かれて無ければ、カバンを見ても、制服と繋がるものは無い。


「え…う、そ、それは…」


白柳めゐは、白柳未介のカバンを指差して叫ぶ。


「お前の臭いがこのかばんからしたからだッ!!」


直後、桐嶋武漸が鼻を摘まんで離れた。

白柳未介は自身の衣服に鼻を近づけて匂う。


「…今度消臭剤買って来るか」


敬語も無い真面目な声色。

どうやら本気で自分が臭いと感じてしまったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かつてのヒロインは老いさらばえず 三流木青二斎無一門 @itisyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ