第20話 次の伝説の継承
「おい、そんなに走ったら吐き戻しするぞ」
タクシーで病院に到着すると、俺は先生の忠告を無視して宮間が寝ている病室へと一直線へと駆けだした。
病院は麓から数十分先にあり、ここからだと合宿所は遠すぎて目視できない距離にあった。コンビニの袋を片手に消毒液の匂いで充満された階段を上がっていく。エレベーターを待っている暇もない、一刻も早く宮間に会いたい気持ちが先行してしまっている。
言いたいことがいっぱいある。文句だっていっぱい。まずは病室へ走らないと。
口の中にわずかに残っていたゲロの酸っぱい匂いが、呼吸を繰り返しすることで消毒液の匂いに入れ替わっていく。
「ここだ」
三階の病室に飾られていた札に『宮間』という名前があった。白石先生から聞かされた階数とあってるし、同じ号室、間違いない。
扉をスライドさせると、中はまるで誰もいないように静まり返っている。札には宮間以外にもいるはずだが、全員出ているのだろうか。だとしたらこれ冷めてしまう。
空っぽの病室のベッドを見渡しながら肩を落としていると、奥の方で布団が盛り上がっていた。
もしかして! 奥のベッドに近寄ると、頭部を包帯でグルグル巻きにされた宮間が眠っていた。俺が近づいたことにも気づいていないようで、宮間は眠ったまま。ほぼ頭の包帯以外何も変わってない、たった五日しか経ってないのだから変化がないのは当たり前。だが、永遠に会えないと思って必死に動き回っていたというのに、のんきに寝ていやがって。
「ん。樺山ということは、もう学校か」
「まだ病院だよ」
宮間が寝ぼけながら目を開けた。そしてスンスンと俺の服に鼻を近づけた。
「お前、なんか匂わねえか。酸っぱい」
「ちょっと汚い手段で逃げてきた」
「逃げたって、今日合宿何日目だったっけ?」
「最終日」
そう告げると、宮間はキョトンとした顔になって体を起こす。そしてゆっくりと首をこちらに回して同じことをたずねた。
「最終日というと、何日目だ」
「七日目」
「バカじゃねえの。最終日に逃げても意味ねえじゃねえか」
バシンッと病院にいることも構わず俺の腰をしばいた。
座っているくせに、スナップを効かせたチョップはかなり腰に効いた。
そうそう。この感じ、何も変わってない。
「そうでもねえぞ。戦利品はゲットした」
「戦利品って、この香ばしい油の匂いもしかしてファ〇チキか」
コンビニ袋から取り出して、チキンの入った紙袋を取り出した。袋には緑のカラーに数字の七が袋の中心に描かれていた。
「ナナチキだ」
「セブイレじゃねーか」
「しょうがねえだろ、合宿所の近くにあったのセブイレしかなかったんだから」
「いやいやファ〇チキ買う宣言したんだから、意地でもファミマ行けよ。つかセブイレならチキンにこだわらなくても、カレーパンにすりゃいいだろうが。そっちより安いし」
「何言ってんだ。ファ◯チキだろうとナナチキだろうと、フライドチキンなの変わんないだろ。それで折れてカレーパン買うのがもっと恥ずかしいわ」
「いやもっといいのあっただろセブイレなら。まるでアイスシリーズとか」
「脱出失敗した人間が注文つけることじゃないだろ」
脱出のことを口にすると、大仰に笑っていた宮間が急に沈黙してしまった。
しまった。当人としては失敗しただけでなく恥辱を味わったのに、それを思い出させてしまった。
だが宮間は、ふっと軽く笑った。
「悪いなせっかく『コンビニ男』の脱走経路判明したのに、ちゃんとお前に伝えれば、こんな日に脱走なんてせずに済んだのに」
「それがな、あそこから出られてもコンビニには間に合わないぞ」
「え? なんで」
伝えるしかないか。ちょっとだけ噓を交えて。
「『コンビニ男』は俺の兄貴なんだ。うんで、通路から降りた先に俺の親戚の人が車を停めていて、コンビニに向かっていたわけ」
「……いつから知った」
「今朝、兄貴から連絡あった。でルートを全部教えてくれたのが遅くなって」
「この野郎! 兄貴がそうならそうだと言えや!」
「だって、『伝説は自分でつかめ』ってぜんぜん教えてくれなくてさ。イデデ、腕折れる折れる。病院で病人増やそうとするな」
腕を引かれて、宮間からアームロックを決められる。くそっ、けが人のくせに。
「それでどうやって逃げれたんだ」
「ゲロ吐いてバスから降りて、逃げた」
「それマジでやったのか」
「やった」
けひゃひゃひゃと宮間はベッドの上で転げまわった。
あまりに大きい笑い声だったらしく、巡回に来ていた看護師から「うるさいですよ。静かにしてください」と注意されてしまった。
「いやいや、マジでやったのか。あほじゃねお前」
「だって欠陥ルートなんか使っても意味ないし、時間的に間に合わねえからしょうがねえだろ」
「え、で? 一人で来たのか」
「白石先生にタクシーで送ってもらった」
「お前の兄貴とやってること同じじゃねえか」
「うるせえな。こういうのは成功したかが大事なの」
「うんうん。いやぁ、その発想はできねえ。お前が普通にルート見つけて、コンビニ行ったのかと思ったのにさ。やっぱりお前といると楽しいわ。病室ずっと一人で寝ているだけで暇すぎて、死にそうだった」
「そのまま死んどけ、笑い死ね」
ベッドの上で笑い転げる宮間を冷めた目で見ていた。だがこれでよかったんだ。
誰かのためとか、兄貴に追い付くためじゃない。宮間といっしょにバカやれることをしたかった。
「で、食べないのか」
「やる」
「え? 俺の」
「うん。宮間の、入院して五日間病院食でろくなもん食べてないだろうと思って」
「いや合宿所がキツかっただろ。こっちは米が白米だぞ連日。白飯の美味さがあれば何でも乗り切れたぜ。おかずがかなり薄味だったけど」
「知らないようだな。合宿所の夕飯に、唐揚げ出た。それも六個も」
「揚げたて?」
「揚げたて」
「かーっ、こっちは揚げもんなんか一回も出なかったのに。くっそ羨ましい」
バタバタと子供のように宮間は枕を叩きつける。出たといっても、揚げものが出たのは一度っきりだったがな。でもこいつが揚げ物に飢えているのは間違いじゃなかったようだ。
「だから、ひもじい生活をしているお前にフライドチキンを恵んで差し上げよう」
「……つか、もしかしてこれのために最終日に脱走したのか」
答えることはしなかった。また大爆笑されると思ったからだ。
「コーラあるか」
「もちろん。なけなしのくつの下に隠していた千円使ってやった」
「おっしゃ樺山、左にコーラとファ〇チキじゃなくてナナチキをもって。あと携帯借りるぞ」
言われた通りに、コンビニの袋からコーラとナナチキを両手に持つ。すると宮間が俺の携帯でパシャと写真を撮った。
え? 一瞬何をされたかわからなかった。画面を見ると、クラスのグループLINEにさっきの写真が送られていた。そしてその下には『最終日脱走成功だ』とメッセージを添えて。
「お前、勝手に」
「いいだろ。最終日だろうと脱走成功だ」
……いや、だめだ。これじゃ成功にならない。伝説にならない。
そして携帯を宮間から奪い返して、グループLINEに続けて、それを打ち込んだ。
『俺が二代目『コンビニ男』。異論あるやつは逃げてみろ。脱出不能の監獄合宿から』
(終わり)
逃げ切れ!脱出不能のプリズン合宿から チクチクネズミ @tikutikumouse
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