あれに憧れている、痛い私を気に入ったあなたも相当痛い

真っ赤な薔薇に、細かい意匠の黒レース。

銀の十字架(勿論読み方は、シルバークロス)。


私が心ときめくものは、中学二年生で卒業するべきものなのだと嗤われ、


「何が多様性の時代だ」


と、こっそり毒吐いた。


元々、「俄か」に厳しい世界観の界隈であったため、大々的に「好きだ」ということはなかったわけだが、だからと言って目の前で腐されると面白くない。



今日はマッチングアプリで知り合った男と、二回目のデートの日だった。

前回話した印象とメッセージのやりとりから、清楚系の装いが好みだと踏んで、淡いピンクのブラウスに黒地に小さい花柄のマーメイドスカートを着用。


思った通り、待ち合わせた駅での二度目の逢瀬の第一声は


「うわ、今日は俺が好きな、好みど真ん中の格好だね」


であった。


最初は誉め言葉として素直に受け取り嬉しく思ったが、すぐに私を誉めたのではなく、服を誉めたに過ぎないことに気が付き、少し萎えた。

私を誉めるのであれば


「服のセンスがいいね、俺も好きな格好だし、俺たち好みが合うね」


とか、


「すごく似合ってて可愛いね」


とか、そういう言葉になるはず。間違っても主語が「俺が」ではないはずだ。

後、「今日は」というのも引っ掛かる。前回の服装は好きじゃなかったというアピールのつもりなのだろうか。

しかも、他人様の恰好をとやかくいう自分は、さぞかし自分に似合っている、あるいはこだわりのブランドの服装なのかと思いきや、どこかのマネキンで見かけたようなファストファッションで上から下までを決めている。そんなに似合ってもいない。


「じゃあ行こうか」

「……はい」


一瞬、もう帰ろうかという気持ちが過ったが、思い直して頷いた。メッセージのやりとりでも時折「ん?」と思うことはあっても、新しく相手を探すのは疲れると、別れの決意を抱かせない程度には気が合う相手であった。後、最初の出会いでヤリモクでなかったところもポイントだ。


やっぱりマッチングアプリは圧倒的にそういうつもりで登録している人が多い。私は、恋をしたいのだ。


まあ、正直相手の何気ない言葉に対して気になる時点で、恋に成る気がしないというのは置いておいて。


そうして、駅から予約してくれたお店へ移動しようと歩き始めた時だった。前から、ゴシックロリータの装いの女の子が歩いてきたのだ。


ドレスにも、ヘッドセットにも真っ赤な薔薇と黒いレースがふんだんに使われていて、銀の十字架のネックレスとピアス。かかとの高い編み上げのブーツも、細かいレースがあしらわれている。


可愛い。


私は昔から、こういう恰好に憧れていた。

でも、自分の装いとして選ぶことはなかった。


こういう恰好は色白で、どこか病的な印象の美少女がするべきものだと思っていた。父親譲りの浅黒い肌の、健康体の自分には似合わないと自覚していた。

今、すれ違った子も、けして美少女ではなかったが、装いに相応しいメイクとヘアセットであった。だから、似合っていた。


彼女のことを、彼も目で追っていたのもわかっていた。

別に私たちはまだ付き合っているわけではない。これから、そういう関係になるかどうかという状態で、他の女を見るな、なんて心の狭いことを言うつもりはなかった。そう、私は彼も、好意的な目で彼女を見たのだと思ったのだ。


「ぷっ、痛すぎ。よく外歩けるよなあ。ああいうのは中二で卒業しないと」


なんて、言葉を聞くまでは。


そこからは彼が何を話していたか、お店の料理がおいしかったか、最後に何と言って別れたか、あまり覚えていない。


ただ、別れてから送られてきたメッセージに


『やっぱり俺たち気が合うと確信しました。次はどこに行く?』


と書かれていたから、彼のお眼鏡にかなう受け答えができていたことはわかった。

私はずっと、怒っていたのに。


確かに、一般的な装いではないし、自分自身もそういう好奇の目が怖くて「似合わない」のを理由に憧憬を実現させることはなかった。しかしながら、あんなに敵意を向けられるようなことを彼女はしていたというのか。

いや、そもそも敵意もないのだろう。ただ、彼が自分の価値観に合わないものへの対応がああいう人だっただけだ。


悲しかった。自分の好きなものを馬鹿にされたことも。それに対して異を唱えることができなかったどころか、気が合うなんて評価されたことも。


自分はプチプラのマネキンの装いでよく人のこと馬鹿にできたなとか、知らない人に聞こえるかもしれない声量で貶める発言をするなんてお里が知れるとか、あれに憧れている、痛い私を気に入ったあなたも相当痛いですねとか。後からであれば、相手の気分を害する抗弁を思いつくのに。


私はあの言葉を彼が吐いた瞬間、どんな顔をしていたのだろう。


彼からのメッセージには返信せず、アカウントをブロックしてから、マッチングアプリもアンインストールした。

恋をしたい、人を好きになりたいと思っていたのに、自分のことが好きじゃなくなっただけだった今、私ができるささやかな抵抗だった。

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薔薇に纏わる。 石衣くもん @sekikumon

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