わたしだけのツートップ!

住吉徒歩

わたしだけのツートップ!

空知中学校一年A組、わたしのクラスにはツートップがいる。

制服の中に着る赤いシャツがトレードマークの朱雀レン。

休みの日に穿く青いジーパンがよく似合う水島蒼。


レンは腕っぷしが強くてスポーツ万能の体育会系。

蒼はモデルのようにスラっとした手足が魅力のオシャレな男子だ。

熱いレン。(たまに暑苦しい時も!)

クールな蒼。(時々とっつきにくいかも?)

好対照の二人はクラスメイトなのに、一学期終盤になってもまだしゃべっていない。

お互いライバルとして意識し合っているのだろうか?

それとも、ノリが違う?

反りが合わない?

それでも一言も会話がないなんて、ヘンだよ。

無視し合う二人の奇妙な関係に気づいたわたしたちはずっと戸惑っている。

「もっと仲良くできたらいいのに!」

せっかく一年A組の仲間になったのだから。

でも、この二人がクラスの「ツートップ」であることは間違いない。

誰もが認める国宝級イケメンと超絶イケメンの二人なのだ。


その二人が「一年A組のツートップ」から「全国のツートップ」男子になった。

秋から始まる新番組『貴公子戦隊プリズム』のレッドとブルーに選ばれたのだ。

いつの間に俳優の仕事なんてやっていたのだろう?

レンはリトルリーグの野球チームに所属していて、エースで四番の不動のレギュラー。

蒼はピアノに将棋、ダンスに剣道と、習い事で一週間の予定は埋まっているはずだ。

その二人が全国区の激戦オーディションを勝ち抜いてテレビに出演するなんて。

しかも、八人組戦隊ヒーローのリーダーと副リーダー役。

「どんな番組になるのか、二学期がとっても楽しみ!」


と、思っていたら巻き込まれた。

わたしを「パープル」担当の戦士役として監督に推薦したいと言い出したのだ。

誰が言い出したのかって?

レン? 蒼?

いいえ、そのどっちも!

二人の美男子から誘われて、わたしは天と地が引っくり返るほど驚いた。

「こんなことってある?」

だいたい、演技なんてやったことないし。

それに、わたしはクラスでもどちらかと言うと地味で目立たないタイプだよ。

それなのに「パープル」役なんて出来っこないよ!

「だいたいわたしのどこに『紫』のイメージがあるのだろうか?」

わたしは悩んだ。

紫って、紫式部が生きていた頃の時代なら最も高貴な色だったかもしれない。

でも、現代でのイメージは「ミステリアス」とか「裏表がありそう」とか?

そんな感じじゃない? (これってわたしだけの思い込み? 被害妄想?)

わたしは真剣に悩んだ。

レンと蒼の頭の中にいる「わたし」の印象って、「どんな子」なのだろうか?

悩んだけど、答えなんて出ない。

「それなら、やるしかないッ!」

わたしは指定された日、撮影スタジオに生まれて初めて足を踏み入れた。

今日は台本の読み合わせがあるらしい。

早目に着いた会議室には、まだ誰もいなかった。

広い会議室に長机が四角の形に置かれている。

それぞれの席に名前の札が立てられていた。

「監督 大屋耕太郎」

「脚本家 森下静香」

わたしはつぶやくように札に丁寧に書かれた名前を読み上げた。

これから胸を借りて一緒に仕事をするオトナの人たち。

全員の名前と顔をすぐに頭の中で一致させないといけないはずだ。

「プロデューサー、撮影、照明、録音、編集、記録……えっと、すぐに全員は覚えられないよ」

気分を変えて、出演者の名前が並んだ列に目をやる。

「プリレッド 朱雀レン」

「プリブルー 水島蒼」

知っている二人の名前を見るとホッとした。

ピンクもグリーンもオレンジもイエローも、売り出し中の若手の俳優さんなのだろう。わたしが初めて目にする名前が書かれていた。

先週の日曜日にテレビ局で受けた事前の説明によると、「メンバーは全員中学一年生」らしい。どんな人たちとメンバーを組むことになるのだろうか。あまりトンがった人たちじゃなければいいけど。

そして、「プリパープル 柳千尋」の札の文字を見てまた緊張が戻ってきた。

「このままドタキャンして帰りたい!」

そんな気持ちを押し殺して、用意された席に着いて置かれている台本を手にする。

撮影に使用されるホンモノの台本だ。

初めて広げる。今日は「初めて」のことばかりだな。

「プリパープル」と書かれた配役の欄に「柳千尋」とちゃんとわたしの名前が!

じわりと感動が体じゅうに広がる……。

すると、次々と出演者やスタッフの人たちが会議室に入ってきた。

わたしはサッと席を立って、ピンと背筋をのばして「はじめまして! よろしくお願いしますッ」と声をかけた。

幸い、芸能界が舞台のマンガに登場する「あいさつもしてくれないコワい人」はいなかった。

みんなやさしくて、「どーも」とか「よろしくね」とか返事をしてくれた。

ドキドキして誰の顔もちゃんと見ることができなかったけど、しばらくして少し周囲を見渡す余裕が出てきた。

一通りスタッフの方々の顔と名前を覚える努力をして、次に横並びのキャストの列に視線を送る。

「うわ! プリピンクって、めっちゃカワイイ子じゃん」

これには驚いた。

生身の人間でこんなにお人形さんのような人って、ホントにいるのね。

緑担当の草食系男子も、ウチのツートップに負けず劣らずカッコいい。

オレンジ担当のスマイル全開女子も、とんでもなくイケてる。

勝手にぽっちゃり系をイメージしていた黄色担当の子も、全然ぽっちゃりじゃない。

そして、レンと蒼は隣同士に座っているが、相変わらず一言も会話を交わさない。

今日は二人ともビジネスモードなのか、わたしにも会釈するだけだった。

で、『藍』の子は?

いないの?

台本で一番気になったのは、キャストが空欄のままの『藍』担当の配役だった。

『貴公子戦隊プリズム』のメンバーは八人。

その中でもストーリーの重要な鍵を握るのは、赤と青の二人のはずだ。

だって、リーダーと副リーダーだからね。

そして、重要度第三位はピンク。

そもそもピンクは七色の『プリズム』にない色なのにメンバーカラーになっている。

ヒロイン役として欠かせない存在だということは間違いない。

その後に続くのが、おとなしい性格の緑、元気印のオレンジ、愛されキャラの黄色。

残った『紫』と『藍』はきっと目立たない脇役キャラだと思う。

素人のわたしがキャスティングされる配役だ。そうに違いないとわたしは予想していた。

もしこれからオーディションをする予定なら、わたしみたいなド素人に決まってほしいと思った。


無事(?)に「ド緊張のまま必死で文字を読み上げるだけ」の初めての台本の読み合わせは終了した。

あんなにやさしく声をかけてくれた『プリズム』のメンバーもスタッフの方々も、わざとわたしを見ないようにしている気がした。

それも被害妄想だと思いたいわたしだったが、自己採点でも残念ながら緊張しすぎて「よく出来た読み合わせ」だったとは思えなかった。

落ち込んで席から立てずにいると、もうレンと蒼はいなかった。

仕事が忙しいのか、ピンクと緑とイエローもマネージャーと一緒にそそくさと会議室を出て行った。

「みんな冷たいなぁ」なんて思っていたら、オレンジが声をかけてくれた。

お互い簡単に自己紹介して、話題は『藍』のことになった。

「渋いオトナの色だから、きっとこの役は大人の渋い俳優さんなのよ」

そんな推理を働かせるオレンジ。

「オーバーエイジ枠?」

それじゃ、やっぱりド素人はわたし一人になってしまう。

「もし視聴率が悪かったら、有名な人を追加招集してテコ入れするんじゃない?」

オレンジは同じ中学一年生とは思えないほど芸能界に慣れている雰囲気をかもし出していた。

でも、違った。

読み合わせには間に合わなかったが、新しい台本が製本所から届いたのだ。

「台本を差し替えますッ」

スタッフさんが運んできてくれた新しい台本を受け取る。

わたしは気になっていた『藍』の配役の空欄をまず確認した。

「エエッ!?」

その空欄に入っていたのは「柳千尋」、わたしの名前だったのだ!

「プリパープル」と書かれた配役の欄の隣、「プリインディゴ」にも!

ってことは……一人二役?

「プリパープルだけでも荷が重いのに、どうしてプリインディゴまで!」

せっかく仲良くしてくれたオレンジも、「ふーん」という曇った顔でキャストの欄を見ている。そして、「すごいじゃん、二役なんて」と一応わたしに笑顔を残して帰ってしまった。

きっと、「特別扱いされ過ぎてない?」とムカつかれたはずだ。目の奥が笑っていないオレンジがちょっと怖くて、リアクションに困った。

もしかして、二役ともほとんどセリフのない「どーでもいー役」かもしれないよ。

肩にグッと力を入れたらいいのか、ダラーンと抜けばいいのか?

心構えに悩んでいたら、後ろから声をかけられた。

「びっくりした?」

振り返ると、脚本家の森下静香さんがいた。

「どーしてもインディゴを柳さんにって言うワガママ君がいてね」

森下さんの視線の先に蒼がいた。あれ、帰ってなかったんだ。

「どうして、わたしに?」

「プリインディゴはブルーの片想いの相手って設定だから」

……ワォ!

「ちなみに、プリパープルはレッドのカノジョでしょ?」

「エッ! そうなんですか?」

そんな設定も初耳だった。

「あなた、モテモテねぇ」

ウインクした森下さんは最後にこんな冗談を言って去っていった。

「この番組の制作費、あとで全部アナタに請求が行くんじゃない?」

「たしかに……」

それぐらいわたしに関する公私混同がはなはだしい。

それに、戦隊モノってこんなに職場恋愛が多いストーリーだったっけ?

わたしが一人で考えこんでいると、知らないうちに蒼が隣にいた。

「ビックリ?」

「そりゃビックリよ! 一人二役なんて」

でも、わたしは顔面に浮上してくるニヤニヤ成分を抑え切れないでいた。

監督の大屋さんがやって来た。

「プリパープル、何をニヤニヤしてんだ?」

やっぱりそんな顔してましたか。

「ニヤニヤしてません」

わたしはウソでも否定した。

「千尋はそんなモテキャラに見えないけどなぁ」と笑う監督。

初対面なのに監督はグッと距離を詰めてくる人だった。そして、平気で失礼なことを面と向かって言えるタイプ。

わたしは大屋監督の頬のボーボーに生やした無精ひげを見た。

すると、監督は丸めた台本でポンポンと自分の坊主頭を叩き、とんでもないことを言ったのだ。

「分かっただろうけど、この番組は意見を出せば何でも採用される」

はい?

隣でうなずく蒼。

そうなの?

「蒼が千尋のことを好きなら、その気持ちを番組に出していいってこと」

え? 役とプライベートは一緒にしちゃいけないでしょ?

とても監督が話す言葉とは思えない。

「レッドとプリパープルが付き合ってるなんて設定もレンのアイデアだからな」

再び……ワォ!

「千尋、モテモテだな」

監督の軽口に、隣の蒼が苦々しい顔をしている。

そして、大屋監督は蒼と肩を組んで「ブルーとインディゴの関係について少し打ち合わせしよう」とわたしを残して行ってしまった。

「……どうなってるの?」

今度はレンがやって来た。レンも帰ってなかったんだ。

「蒼と今、何話してた?」

ぶっきらぼうだが、わたしのことで蒼にジェラシーを感じている言い方に聞こえた。

うーん、わたし「モテキャラを受け入れよう」としてない?

そんな自分にゾッとした。

「えっとね。インディゴのこと、ビックリしたかって」

わたしはなるべくサラッと答えてみた。

「あー」とレンはうなった。

「アイツのさ、そういうムチャな提案を押し通すところがダメなんだよッ」

敵意むき出しのレン。

「セリフ棒読みのヤツに二役なんて無理だろ?」

「それって、わたしのこと?」

「あ、ごめん」

レンは時々、相手の気持ちを考えずにグサッと傷つける言葉を口にしてしまう。

その遠慮のなさが、しゃべりやすいレンの良さでもあると思うのだが。

「レンさ、もうちょっと蒼と二人で話せるようにしたら?」

『セリフ棒読みのヤツ』と言われたお返しに、わたしもストレートに攻めてみた。

「オレはいいけど」

意外な回答。

「それ、本気?」

でも、続きがあった。

「いや、オレはいいけどプリレッドがな……」

それ、ロックスターのパクリでしょ?

「最初、蒼から無視するのを仕掛けてきたんだぜ。この戦隊のオーディションに行こうって誘ってきた時から」

「蒼が? レンって、蒼に誘われたの!?」

二人は顔見知りだったんだ!

「これ絶対ナイショの話だけど、オレ児童劇団にいたことがあって」

わたしは勝手に白タイツ姿で『浦島太郎』を演じているチビッ子のレンを想像した。

「今、ニヤッとしただろ?」

イケナイ、またニヤニヤ成分が。

「そこで蒼と出会ったの?」

「ああ。アイツ、その頃からイヤなヤツでさ」

レンは顔をしかめた。

「いつか二人で日本のツートップになろう、とか言ってきて」

そんな歴史が!

「同じ中学に入ったのも、アイツがオレに合わせてきたんだ」

「えッ! それでクラスメイトに? すっごいライバル意識だね?」

「学校でも役作りできるってね」

「でも、役が決まったのって中学に入ってからでしょ?」

「ま、絶対オレがレッドで蒼がブルーの役を取るって決めてたから」

「何千人って応募があったオーディションで?」

「関係ねーよ。オレと蒼だぜ」

その自信、少しでも分けてほしい。

「で、レッドとブルーはいつも意見が食い違う役柄だから、その役作り」

そういう設定もあるんだ。

「だから学校でも全然しゃべらないの?」

「そういうこと」

レンと蒼は古くからの友達だった。それが、役作りのために一切口をきかなくなった。何というプロ意識なんだ。それに引きかえ……。

「やっぱりわたし、セリフが棒読みに聞こえる?」

するとレンは「ハハッ!」と豪快に笑って、捨てゼリフを残して行ってしまった。

「気にすんなッ!」

「は!?」

ふざけんなっつーの。こっちは秋から毎週日曜の朝、全国のご家庭に「棒読み」をお届けしてしまうことになるんだぞ! しかも、二役で! 地獄だろッ。

「どうしよう……」

わたしは頭を抱えた。

それでも、わたしは「挑戦する」と選択したことを後悔してはなかった。

きっと、今日この場所に足を踏み入れた時のわたしと、今のわたしは別人だ。

世界がとんでもなく広がったような気がした。

このチャンスに羽を広げて大空へ飛び立つかどうかは自分次第。

わたしは無謀と言われようが、精一杯羽を広げて飛んでみようと心に決めた。

(おわり)



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