空が青けりゃ飛行機が飛ぶ

@hinoreimei

第1話 ダンサー・イン・ザ・ダーク

「そんなんやってなんの意味があんの」


僕は昔から思ってもいないこの口癖に捕らわれてきた。

最初は何かをやらない理由を押し付けるために放っていた言葉だったが、嘘は吐けば吐くほど本音へと変化していく、この夜空のように。


二月のとある夜。仁比一樹(にひ かずき)は、マンションの屋上で冷え込んだ空気の中、雲に覆われていく月を眺めていた。


このマンションの屋上はかなり広く、公園のようになっている。

ブランコや滑り台など、ベンチもいくつか設置されているが、明かりはない。

そして外側には自販機ぐらいの高さの金網があり、金網を超えた先には大股一歩程の床があった。


そして今。一樹はその金網の前に立っている。


靴を脱ぎ、靴の下に僕の人間としての辞職届を忍ばせ柵を超える。そして歩き出し落ちれば終わり。

そんな妄想をしていると形容しがたい高揚感に包まれていく。

まるで万引きをするような、まるで徒競走で自分がゴールテープを切るときのような不思議な感覚だった。


そうしていると、屋上のドアが開く音がした。


僕は反射的にベンチの裏に身を隠した。

これではまるで自分が悪者のようだ。そう思いながら耳をすませた。

足音を何回か聞き、こちらに向かってきているわけではないと判断し、顔だけベンチからのぞかせる。


暗くてよく見えないが、僕と同じく向かいの金網のそばに立っている。


その時、焦りと不安が僕の中に渦巻いた。

もしかするとこの人は、これからの僕と同じく飛び降りようとしているのかもしれない。

その時自分は止められるのか?止めてどうする?

いや、止めることはその人のためになるのか。

そうだ、意を決した人の行動を咎めるのはよくない。やめよう。


自問を繰り返しているうちに焦りや不安が緊張へと移り変わり、自然と体が固まっていく。


その時、金網を強く叩くような音が数回鳴り、僕は頭が真っ白になった。


「待ってください!!!」


先ほどまでその人に対して何もしないでいようと決めていたはずが、不意に声を上げその人めがけて走り出していた。

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