─42─嘆願と告白
その時、頃合いを図ったようにフリッツ公がすい、と前に出、大司祭とジョセに向かい完璧な所作で一礼する。
「大司祭猊下、初めてお目もじつかまつります。ジョセ卿、その節は大変失礼いたしました」
戸惑う大司祭に、ジョセがこの人は
公爵の容姿もあいまって納得のいった大司祭は、一つうなずくと常のごとく穏やかな表情で続きを促した。
「この度は、戦闘においても和議においても、アルトール殿はルウツにとってなくてはならない方でした。何卒その点もご配慮いただきたく……」
そして、自分からも謹んで罪を減免する旨の陳情書を加えさてていただきたい、と付け加えると、再び深々と一礼する。
そして、驚いたように見つめてくるシエルに向かい、人好きのする笑顔を浮かべて見せた。
「貴方が何と思おうと、これは私達の偽らざる気持ちです。どうか受け取ってください」
「そんな……俺は……」
突然の申し出に困惑の表情を浮かべ、シエルは返答に窮し、こちらを見つめてくる一同の視線を受け止めかねて、思わず顔を伏せた。
「俺は、ルウツに仇なしたエドナの間者の子……生まれながらの罪人だ。しかも、差し向けられた討伐隊を皆殺しにして……。そんな俺に、皆の気持ちを受け取る資格なんて無い」
本人の口から語られるその生い立ちに、一同は一様に押し黙る。
特にその事実を初めて知ったシグマは、本当なのか、と隣に立つユノーに問いただす。
そんな中で、シエルの苦しげな独白は、尚も続いた。
「皆が思うような救国の勇者なんかじゃない。命を救って下さった殿下や猊下へのご恩返しと、自分の罪をあがなうために剣を取ってたんだ。だから……」
「それでも結果として、僕らは貴方に助けられました。その事実は変わりません」
ユノーの言葉に同意を示すように、シグマも一気にまくし立てる。
「過去なんて見えない物は関係ない。オレらが知ってるのは今の大将だ。ごろつきだったオレ達を真っ当な兵士にしてくれたのは大将じゃないか」
裏表のないそれらの声に、シエルは返す言葉も無い。
歩み寄ってきたユノーが、固く握りしめられていた両の手を取った。
「確かに貴方が僕の父を手にかけた事実は消えません。でも、どうしてなのかわかりませんが、今はもう貴方を恨むことができないんです」
はっとしたようにシエルは顔を上げる。
目の前には、常のごとく穏やかな面差しのユノーの顔があった。
無言のまま立ち尽くすシエルの背を、傍らにいたミレダが乱暴に叩いた。
「勝負あったな。どこから見ても、お前の負けだ」
「……馬鹿だな。……皆、本当に……」
消え入りそうなシエルの声。
それをミレダは聞き逃さなかった。
「馬鹿はどっちだ。素直に嬉しいと言え!」
冗談めかして言うミレダに、一同はどっと湧いた。
「後日、従兄殿が皆を招いてささやかな祝宴の席をもうけてくれるそうだ。あきらめついでにお前も来い。もちろんお前は酒抜きだ」
「な……。俺はまだ……」
勝手に話を進めるミレダに気圧されてさまよったシエルの視線が、大司祭のそれとぶつかる。
その顔には、いつになく嬉しそうな微笑が浮かんでいた。
「構わないわ。せっかくのお誘いなんだから、行ってらっしゃいな」
「ですが猊下、自分はまだ処分保留の身ですから……」
正式に処分が決まるまでは身を慎まなければ、と反論するシエルの脇腹を、ミレダは小突く。
「お許しが出たんだから、たまにはお言葉に甘えたらどうだ? お前の都合で放り出された隊員達の恨み言を聞く義務くらい果たせ」
そこまで言われて、ようやくシエルは折れた。
結果的に到着が開戦に間に合わず、不利な戦いを強いた負い目が、彼なりにあるようだった。
「なら大将、前祝いに街でぱーっとやろうぜ。もちろん坊ちゃんも」
そういうが早いか、シグマはやってきた時と同様に足早に講堂を後にする。
やれやれ、とでも言うようにそれを見送るシエルに、ユノーはにっこりと笑いかけた。
「僕らも行きましょう。みんな、貴方を待ってます」
「……けど、さすがにこの格好じゃ……。せめて平服に……」
「それならお手伝いします。お住いは存じ上げてますから」
「そうだ……あと、あいつが……」
突然何かを思い出したようなシエルに、ミレダとユノーは顔を見合わせる。
意外にもそれに答えたのはジョセだった。
「あの黒い毛むくじゃらのことなら心配するな。すっかり孤児院の人気者になっている」
そう言いながら片目をつぶって見せるジョセ。
外堀を完全に埋められて、シエルはあきらめたように深々と溜息をつく。
その背中を、ミレダが力強く押した。
「ほら、早く行かないか。ロンダート卿、くれぐれも逃がすなよ」
賜りました、と生真面目に言うユノー。
手を引かれたシエルは、大司祭にジョセ、そしてミレダとフリッツ公にそれぞれ一礼すると、不承不承、と言うように歩き出す。
そんな二人の姿を見送る大司祭は、どこか寂しそうにぽつりとつぶやいた。
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