─41─懺悔

「……加えて神聖なる神官騎士の甲冑を血で穢したこと、何ら申し開きするつもりはございません。科せられる処分はその重軽を問わず、全て謹んでお受けいたします」


 謝罪の口上を述べて、シエルは深々と頭を垂れる。

 白銀の甲冑にこびりついていた返り血や肉片こそ洗い清められていたが、その下に着ている服にはそこかしこに赤黒い染みがついていた。

 その姿を大司祭カザリン=ナロード、そしてジョセは無言で見つめている。

 身動ぎせず裁定が下されるのを待つシエル。

 そんな弟子の様子を沈痛な面持ちで見つめていたジョセは、重い吐息をもらしてから大司祭に向き直った。


「……猊下、ご裁定を。無論彼の師である私も、その責務は負う所存です」


 その言葉に打たれたようにシエルは顔を上げる。

 そして、必死の思いで告げた。


「すべては自分一人の判断で行ったことです。師匠に何ら責はありません。咎は自分一人で……」


 けれど、不意にその言葉は途切れた。

 正面に座す大司祭と視線がぶつかったからだ。

 悲しげではあるが、常とは変わらぬ穏やかな視線である。

 その内心をはかりかねて、再びシエルは頭を垂れ目を閉じる。

 と、大司祭は目を伏せ、ゆっくりと頭を揺らし重い口を開いた。


「……これは、私の一存では決められません。全てはリンピアスに報告し、大司教府と見えざるものにその判断を委ねましょう。そして……」


 おもむろに大司祭は立ち上がり、静かにシエルに歩み寄る。

 その気配を感じて身を硬くするシエルの前で立ち止まる。


「……猊下?」


 不意に感じた温かさに、シエルは恐る恐る顔を上げ目を開く。

 と、大司祭の顔がごく間近にある。

 次いで、その細くて華奢な腕が自分を抱きしめようとしていることに気がついた。


「猊下、いけません! けがれが移ります……」


 あわててシエルは叫びその身を引こうとするが、大司祭は強くその身体を抱き寄せ、愛おしげにその髪を撫でる。


「……良く無事で戻って来てくれました。見えざるものが何と言おうとも、私はこの気持ちを偽ることはできないわ」


 大司祭の言葉は、やがて嗚咽に変わる。

 それにつられるように、シエルの頬を涙が伝い落ちた。

 いつしか傍らに来ていたジョセも、シエルの肩を優しく叩きながら言う。


「……本来、神官としては褒められる行為ではないが。……だが良くやった。師として、誇りに思う」


「……師匠」


 涙に濡れる瞳で、シエルは親代わりの人達を代わる代わる見やる。


「例えリンピアスが厳しい処分を下したとしても、貴方がここで育った私達の息子であることには変わりない。それだけは忘れないで」


「余りにも、もったいないお言葉……。自分は……」


 大司祭の慈愛に満ちた瞳に見つめられたシエルは、感極まって声を上げ泣きそうになる。

 けれど、その時だった。


「お待ちください! 猊下は今……!」


 扉の向こうから慌てたような神官の声、そして複数人の足音が聞こえてくる。

 何事かとそちらを凝視する三人の前で、扉が音を立てて開く。

 なだれ込んできたのは、ミレダとユノーにシグマ、更に最後尾にはフリッツ公の姿があった。


「皆……どうして?」


 あわてて涙を拭き、驚いて彼らに問うシエル。

 それを意に介することなく、ミレダは早口に言った。


「猊下、お願いします。どうかシエルを大目に見てやって下さい。もし来てくれなければ、私達は生きて帰ることはできませんでした」


 そして、ユノーがそれに続く。


「確かに人を殺めるのは許されない行為であるはと理解しています。ですが、戦場という特異な状況であったことを考慮に入れていただきたく、お願い申し上げます」


 更にシグマが訴える。


「大将はみんなを助けてくれたんだ。罰しないで下さい。許してくれるなら、今回の手当を全部寄進しても構いません。だから……」


 各々表現は違えど、伝えようとしていることは等しく同じだった。

 シエルの顔には、いつしか泣き笑いのような表情が浮かんでいた。

 立ち上がり、必死の形相の面々に向き直ると、呆れたように言った。


「皆……ここは司祭館の講堂という神聖な場所で、猊下の御前なんだぞ。少しは場所をわきまえたらどうだ?」


 しかし、それを気にも留めずミレダはつかつかとシエルに歩み寄ると、その肩を掴み乱暴に揺さぶった。


「何を言ってるんだ! 全部お前のためだろう! 少しはありがたいという素振りを見せろ!」


「……確かに……嬉しくはあるけど……。俺は、犯した罪を免れようとは思わない」


 そのシエルの言葉に、ミレダははっとして手を離す。

 珍しく心許ない表情を浮かべるミレダに、シエルは苦笑を浮かべる。


「なんて顔してる? らしくない。全ては見えざるもののご意思だ。それ以上でも以下でもない」


 自分のことでも、どうすることもできない。

 例のごとく他人事のように言うシエルを、ミレダはただ見つめるばかりだった。

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