─40─凱旋
長らく続いたエドナとの争いがひとまず終結したことに、皇都エル・フェイムの人々は喜びに沸いている。
そんな中帰還した蒼の隊の面々はミレダも含めて、等しく街の賑やかさ、そして人々の表情の明るさに目を見張った。
やがて、人々の歓喜の渦の中皇宮に入った彼らを迎えたのは、規則正しく整列し敬意を表す武官や文官達と、今回の和平の立役者であるフリッツ公イディオットだった。
出迎えの列の最前にその姿を認めたミレダは、馬を飛び降りるなりそちらに駆け寄り、開口一番こう言った。
「どういうことだ、従兄殿? 事のあらましは道すがら書状で読んだが、どんな魔法を使ったんだ? 一体姉上は……。いや、それ以前にあの停戦命令書はどうやって……」
矢継ぎ早に問われたフリッツ公は、心底済まなそうな表情を浮かべながらもひざまずき、ミレダに向かい深々と一礼する。
「この度の政変は、国の行く末を思っての事とはいえ、あくまでも臣の独断によるものでございます。臣に従った者達には何とぞ寛大な処置をいただけますよう、切にお願い申し上げます」
そして、ミレダに向かい布に包まれたあるものを恭しく差し出す。
他でもない、先帝から先のフリッツ公の手を経て彼の手に渡った、ルウツ皇帝の玉璽を刻んだ指輪である。
それを認めたミレダは、思わず後ずさった。
「ま、待ってくれ。帰ったらまず聞こうと思っていたんだけれど、どうして従兄殿がこれを持っているんだ? いや、それ以前に私がこれを持つわけには……」
ルウツの象徴を目の前にして、緊張のあまりしどろもどろになるミレダ。
だが、イディオットは落ち着き払った口調で続ける。
「メアリ殿が正気を失われた今、ルウツの正嫡は殿下をおいて他におりません。この国の民のためにも、次期皇帝としてこちらをお取りください」
「そんな、急に……。そう言う従兄殿だって、ルウツの血をひいているじゃないか。私にそんな資格は……」
ルウツ皇国そのものと言っても良い玉璽を、互いに譲り合う二人。
このままでは堂々巡りになりそうな雰囲気を察して、ユノーが恐る恐る口を挟む。
「失礼ながら申し上げます。殿下におかれましては、慣れぬ戦場より戻ったばかりでお疲れかと存じます。ここは時と場所を改めて、お二人でじっくりお話し合いになられてはいかがかと……」
一気に言ってしまってから、ユノーは出過ぎた真似をして申し訳ございません、と深々と頭を垂れる。
虚をつかれてミレダとイディオットはしばし無言で顔を見合わせていたが、ややあって両者とも納得したらしく、共に吐息をもらす。
呆然とするユノーに向かい、フリッツ公は礼儀正しく一礼しにっこりと笑う。
「確かにその通りでした。私とした事が、配慮に欠けておりました。至らぬ点、どうぞお許しください、殿下。そしてありがとうございます、ユノー・ロンダート卿」
数えるほどしか顔を合わせたことがない、しかもやんごとなき人物が自分の名を覚えていたことに、すっかり恐縮するユノー。
そんな彼の手を取り引き寄せて、ミレダは言った。
「こいつは近年まれに見る真面目で真正直の常識人なんだ。……どうやらとんでもない奴を尊敬しているところだけが欠点だが」
褒められているのか、けなされているのかわかりかねて、ユノーは無言のまま複雑な表情を浮かべる。
そんな時、彼はフリッツ公が何かを探すかのように整然と隊列を組む蒼の隊へと視線を巡らせていることに気がついた。
「……公爵閣下、いかがなさいました? 」
「ん……ああ、失礼しました。人を……私にとってかけがえのない、言わば恩人のような人を探しているのですが」
恩人という言葉に、思わず首をかしげるユノー。
それを聞きつけたミレダが口を挟む。
「シエルか? あいつなら、そこいらに……」
けれど、皇宮の正門くぐる時まで一緒にいたはずの無愛想な従軍神官の姿は、どこにも見当たらない。
知らないか、とでも言うように視線を向けてくるミレダに、ユノーは小さな声で告げた。
「……閣下でしたら、戦場で犯した罪を懺悔しに行くとおっしゃられて、司祭館へ向かわれましたが……」
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