─39─終焉

 息を切らせて近付いてきたユノーは、今まで戦っていた敵将とすれ違いざまに黙礼を交わす。

 そして、その後ろ姿を見送りつつシエルの元へと歩み寄る。


「……あの方が、黒衣の死神ですか? ものすごい威圧感ですね」


 あんな人と戦っていたのかと思うと、今更ながらですが悪寒がします。

 そう言いながら肩をすくめるユノーに、シエルはわずかに笑った。


「そんな奴と戦って負けなかったんだ。大したものじゃないか」


「そんな……全ては貴方のお陰です。僕は何も……」


 あわてて勢い良く首を横に振るユノーに、シエルは更に笑った。

 が、すぐにそれを収めると、不意に生真面目な表情を浮かべる。


「最終的に決断を下したのは、貴官と殿下だ。二人の許可が降りなければ、俺は行動を起こせなかった」


 少なくとも負けなかったのは、あの判断があったからだ。

 真正面を見据えたまま、シエルはそうつぶやいた。

 対するユノーは、所在なげに立ち尽くす。


「……閣下……」


「閣下はよせ。俺はもう上官じゃないし」


「……じゃあ、どうしてシグマさんが大将と呼ぶのはおとがめなしなんですか?」


 それではちょっと不公平じゃないですか。

 そう言うユノーの一言に、シエルはぐうの音も出ない。

 決まり悪そうに視線をそらすシエルに、今度はユノーが笑う番だった。


「ところで、一体何の用だ? 争いは終わったんだ。もう俺が出る幕は無いだろう?」


 不機嫌そうに問うシエルに、ユノーはわずかに姿勢を正す。


「それが……和平を結ぶにあたり、神官の立ち会いが必要とかで」


「イング隊の従軍神官に頼めばいいじゃないか? その方が余程……」


「それがその、イング隊には、神官が帯同していないそうで……」


 そう。

 ロンドベルトは先程も言っていたとおり、見えざるものを信じてはいない。

 そんな人が自軍に神官を帯同させるはずもない。

 思わず頭を抱えるシエルに、ユノーは申し訳無さそうに続ける。


「そんな訳で、この場にいる神官は閣下だけなんです。頭数合わせだと思ってあきらめて、どうか助けて下さい」


 その言葉に、シエルはやれやれとでも言うようににため息をつく。

 そして、何故かユノーに向けて手を差し伸べてきた。

 突然のことに訳がわからず瞬くユノーに向かい、シエルは珍しく申し訳なさそうに告げる。


「……悪いけれど、手を貸してくれないか? 立ち上がれないんだ。情けないことに」


 唐突にそう言われて、ユノーはぽかんと口を開けてシエルを見つめる。

 そんなユノーに、シエルはふてくされたように続ける。


「まったく……俺を何だと思ってるんだ? 突けばちゃんと血も出るし、気力を使い果たすことだってある」


「申し訳ありません。その……閣下は不死身だと思っていましたので……」


 言いながらユノーは差し出された手を握り、力の限り引っ張った。

 やっとのことで立ち上がったシエルは、勢い余ってわずかによろめく。

 あわててそれを支えるユノーへ謝意を示すと、シエルは再び戦場となっていた平原を眺めやった。


「……本当に、これで終わるのかな。この長いいさかいが」


 その言葉を受けて、ユノーもかすかに首を左右に振る。


「生まれる前から続いていた争いが世界からなくなるなんて、想像もつきません」


 けれど自分はこれでも一応武人なので、上からの命令に従う事しかできない。

 そう困惑したように言いながら、ユノーはシエルの腕を取り自らの肩に回した。

 何事かと言わんばかりに見つめてくるシエルに、ユノーは不安げに言う。


「これくらいでしたら、僕でもお力になれます。その……立っているのもやっとのようにお見受けしましたので」


 図星をつかれてシエルは思わず押し黙る。

 しかし、ややあって観念したのか自らの体重をわずかにユノーへ預けた。


「……すまない。その……感謝する」


 消え入りそうなその言葉を丁重に無視し、ユノーはつとめて明るい口調で言った。


「とにかく戻りましょう。殿下もシグマさんも、……皆さん首を長くして閣下をお待ちですから」


 それに、滞りなく両国の和平を取りまとめて頂かないと困りますので、と言うユノー。

 対してシエルは、深々とため息をつく。


「……相変わらず殿下は人使いが荒いな」


「……お留守の間お相手をしていて、それは骨身に染みました」


 はからずも意見が一致し、両者は顔を見合わせ笑い合う。

 やがて前方に、二人が生命に変えても守ろうとした人の姿、そしてこの戦いを共に生きのびた人々の姿が見えた。

 皆、大きく手を振り、口々に二人を呼んでいる。

 かけがえのないものを、そして戻るべき場所を、自分達は守りきったのだ。

 同じ思いを抱いて、はからずも二人はまた笑いあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る