─34─結論

「さっきも言った通り、殿下とロンダート卿二人の許可が降りなければ、俺一人で強行するつもりは無い。けれど、このままじゃどう足掻いても勝ち目はない」


 小競り合いで数を減らすのは、上策じゃない。

 かと言って正面からぶつかっても、到底勝ち目はない。

 下手に抵抗して敵の逆鱗に触れるよりは、戦うふりをしつつ退くのが一番利口なのかもしれない。

 シエルは面白くなさそうに頬杖をつきながらそううそぶく。

 確かにシエルの言うとおりだった。

 だがユノーは寂しげに首を横に振る。


「それでは、殿下をお守りすることはできません。皇都にどうにか戻れたとしても、結局敗戦の責任を負わされて……」


 言いさして、ユノーは口をつぐむ。

 そして、おもむろに立ち上がると、一同に向かい深々と頭を下げる。


「本当に、申し訳ありません。小官にそのすべてを負えるだけの何某かがあれば、自分一人の首で済んだものを、殿下まで巻き込んで……」


 だが、ミレダはわずかに目を伏せ頭を揺らした。


「ロンダート卿のせいじゃない。宰相と姉上の狙いは、最初から私の命だ。巻き込んだのはむしろ私の方だ」


「ですが……」


 更に何か言おうとするユノーを、ミレダは軽く手を上げて遮った。

 納得が行かない様子のユノーは、吐息と共に腰を下ろす。

 それを確認してから、改めてミレダは全幅の信頼を寄せている戦士に向き直ると、こう問うた。


「お前がことを成すまで、どのくらいの時間がかかる?」


 その言葉に、ただ一人を除いてその場の人々は一様に驚きの表情を浮かべる。

 同時に、天幕の中には言い難い空気が流れる。

 一方で問われた側は、つまらなそうな面持ちで頬杖を付き、ぶっきらぼうに答えた。


「半刻……いや、一刻。それ以上経っても戻らなければ、俺を見捨てて退却してほしい」


 もっとも実行する以上は、みすみす殺されるつもりはない。

 必ず結果を上げて戻ってくる。

 そううそぶくシエルに、ミレダは力強くうなずいて返す。

 だが、ユノーは納得が行かないとでも言うように、勢い良く立ち上がった。


「そんな……そんなお一人に危険を負わせるような作戦、やはり小官は賛同しかねます! 

どうして……」


 殿下はお止めになってくださらないんですか。

 いいさしてユノーは口をつぐんだ。

 こちらを見つめてくるミレダの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいたからだ。

 決戦を目前にしてなぜ、とでも言うようなユノーの視線を受けて、ミレダは静かに切り出した。


「シエルが戻って来なかったことは、今まで一度も無かった。それ以上の理由がいるか?」


 そう言うミレダの口調には、もはや迷いは無かった。

 その時ユノーは理解した。

 妹姫と神官騎士、この両者の間には自分では計り知れない何よりも強い絆があるのだ、と。

 けれど、不意にミレダの表情に影がさす。


「ただ、気になるのは皆のことだ。この作戦を実行するということは、皆を私のわがままで危険にさらすことになる」


 ひとたび言葉を切り思案したあと、ミレダはシグマに視線を向ける。


「シグマ、申し訳ないが負傷者と離脱を希望する者を率いて先に皇都へ戻ってくれないか?」


 それを受けるシグマはしばし思案した後、鹿爪らしい表情を浮かべる。


「そうですね、おっしゃる通り、戦闘に参加できない負傷者は退避させましょう」


 ひと度言葉を切ると、シグマはミレダに向かいにやりと笑って見せる。


「それよりも殿下、水臭いことを言わないでください。そこまで言われちゃ、こちらも引けないじゃいですか。それに……」


 照れ臭そうに頭をかき回すと、今度はシグマはシエルの方を見る。


「大将は、今まで負けたことがない。前に坊ちゃんにも言ったけど、大将について行けば生きて帰れる可能性が高い。オレも、その作戦にのらせてもらいます」


 信仰にも近いその思いを目の当たりにして、ユノーは遂に折れた。

 けれど、ひとつだけ作戦の実行に際して条件をつけた。

 それは、決して無理をしないこと。


「……命が危ういと感じたら、必ず退却してください。これは、閣下はもちろんですが、後に残る本隊も同様です」


 言い終えると、ユノーは大きく息をつき一同の顔を見回す。

 それは下座の一点で止まった。


「逃げようが隠れようが、最後まで生きていた方が勝者。そうですよね?」


 そう言うユノーに、シエルはにやりと笑って応じる。

 かくして、博打にも近い作戦は実行されることとなった……。

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