─33─無謀な作戦
ランスグレンでは、にらみ合いが続いていた。
いや、正確に言えば互いに牽制しあい、膠着状態に陥っていた。
そんな夜、ルウツ側では軍議が行われることとなった。
雑務を終えたユノーが本陣にたどり着いた時、既に主な面々は出そろっていた。
すなわち、総大将のミレダ、蒼の隊からシグマと各分隊長、参戦を許される形となった朱の隊の中隊長、そして斥候隊長ペドロ。
いつものように末席に着こうとしたユノーだったが、そこには既に先客がいた。
言うまでもなく、突然乱入してきた神官騎士である。
空いている席は、ミレダの隣……つまり上座しかない。
どうしたものかと立ち尽くすユノーに、いらだち混じりのミレダの声が飛んだ。
「いいから早く来い。この際、どこでもいいじゃないか」
そう言われてしまっては仕方がない。
ユノーは恐縮するように居並ぶ人々に頭を下げながら進み、渋々上座へ着いた。
ちら、とその様子を横目で見やってから、ミレダはおもむろに口を開く。
「……皆の犠牲と頑張りのお陰で、私はこうして命をつなぐことができている。心より礼を言う」
言い終えてミレダは立ち上がり、と頭を垂れる。
朱の隊中隊長はあわてふためき、シグマは水臭いことは言わないでください、と声をかける。
ペドロは神妙な面持ちで、末席の神官騎士は面白く無さそうにその様子を見つめていた。
「……ところで、今後の戦の進め方についてだが……」
ミレダに視線を向けられて、斥候隊長ペドロは立ち上がる。
そして、例のごとくぼそぼそとした声で配下から上がってきた状況を告げる。
「あまりかんばしくはありません。敵本隊は既に先鋒隊と合流しています。加えてこちらの損害も無視できません」
重苦しい空気が流れる中、ある人物が手を上げた。
「何か策があるのか、シエル?」
一同の視線が末席の神官騎士に集中する。
発言者であるミレダとペドロを除いて、その顔には等しく驚きの表情が浮かんでいる。
そう、呼ばれた名は、彼らが良く知る無紋の勇者のそれではなかったからである。
それに気付いたのか、シエルはつまらなそうに事の次第を説明した。
「……シエル。シエル・アルトール。それが俺の、親からもらった本当の名だ」
「それじゃあ……蒼の隊結成当初からの従軍神官は、あなただったんですか?」
突然のユノーの問いかけに、シエルは数度瞬く。
この様子だと、どうやら当の本人も知らなかったらしい。
やれやれとでも言うように、ミレダが言葉を継いだ。
「恐らく猊下のご本心だろうな。お前を武官にするのは忍びなかったんだろう」
痛いほどの一同の視線から逃れるように、シエルはぷいとそっぽを向く。
その子どもじみた仕草を意外に思いながらも、ユノーは話を本題に戻した。
「すみません。それより……その、何か名案があるんですか?」
その言葉を受けて、一瞬シエルは視線をミレダに向ける。
ミレダがうなずくのを確認すると、シエルは改めて口を開いた。
「案なんて立派な物じゃない。けど、勝つためには方法はこれしかない、と思う」
「……どうするんだ?」
首をかしげるミレダ。
対して問われた側は、つまらなそうに言い返した。
「相手がやったことを、そっくりそのままやり返す。……つまり」
「敵の大将の首を取りに行く……」
ユノーがつぶやくと、その場の空気は一気に凍りついた。
あまりにも非現実的で、危険な案。
しかし、ミレダはシエルに向かい更に問う。
「何か考えがあって言っているのか? 相手はこちらの倍以上いるんだ。それをどうやって……」
「向こうだって正面から来たわけじゃないだろ。少数の精鋭が本隊を迂回して切り込んできた。つまりは、そういう事さ」
「まさか……お前……」
そう言うミレダの顔は、心なしか青ざめていた。
果たしてシエルは、表情一つ変えることなく言ってのけた。
「俺が単独で、死神の首を取りに行く」
本陣内は、しんと静まり返る。
居並ぶ人びとの顔を面白くなさそうに見回してから、シエルは更に続けた。
「今の俺には、何の権限もない。隊の全権を持つのは、殿下とロンダート卿だ。二人が首を縦に振らなければ、この作戦は実行できない」
どうする? と問いかけてくるような視線を受け止めかねて、ミレダは思わず目を伏せる。
一方のユノーは両の拳を固く握りしめ、一言も発することができない。
そんな有責者達の様子に、シエルは苦笑いを浮かべる。
「情けないな。そろいもそろってそんな調子じゃ、勝てる戦も勝てないぞ」
「……小官は、正直賛同しかねます。その……お一人に背負わせる危険としては、あまりにも大きすぎるかと」
ようやく吐き出されたユノーの言葉に、朱の隊中隊長とペドロがうなずいて同意を示した。
「ロンダート卿のおっしゃる通り。あまりにも無謀。とても策と呼べるものではありませぬ。この上は……」
「勝ち目が無いところに突っ込んで玉砕する方が、余程無謀だ。俺に言わせれば」
中隊長の言葉を先回りして、シエルはぴしゃりと言い放つ。
もっとも自分は生まれついての武人じゃないからそう思うのかもしれないけど。
そう言ってから、彼は改めてミレダとユノーに向き直った。
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