─29─乱入者

 何が起こったのか解らないユノーの視界に、一人の戦士が飛び込んできた。   

 その人がまとっている真新しい白銀の甲冑は紛れもなく……。


「不殺生を常とする神官騎士が、どうして戦場こんな所に……?」


 ミレダの口から驚きの声がもれる。

 常ならば殺生を禁じられているはずの存在が突然戦場に現れたのだから、無理もない。

 が、それを意に介することなく、乱入してきた神官騎士は、周囲に死体の山を築き上げていた。

 無敵という言葉は、まさにこの人のためにあるのかもしれない。

 ユノーはふとそんなことを思った。

 それほどまでに突如現れた神官騎士の戦い様はすさまじいものだった。

 迷うことなく振り下ろされる剣は、確実に向かってくる敵の命を絶つ。

 身にまとっている白銀の甲冑は、あっという間に返り血で紅に染まる。

 だが、敵も精鋭部隊である。

 ただただやられているばかりではない。

 不意に飛び出した黒衣の兵士が、剣を大上段から振り下ろした。


「危ない!」


 とっさにユノーは叫んだ。

 それに応じ振り返った神官騎士の頭上に剣がぶつかり、火花と共にその兜が割れる。

 こぼれ落ちたのは、セピアの髪。

 まったく感情の無い冷たい藍色の瞳で目の前の敵を見据えると、その人はためらうことなく割られた兜の礼とでも言うように敵の脇腹へ自らの剣を叩き込んだ。

 耳をつんざく断末魔の叫びが響く。

 すでに戦意を喪失していた敵は、誰からともなくわらわらと撤退していく。


「か……閣下……」


 ユノーの口から安堵とも歓喜とも取れる声が漏れる。

 が、その人はそれに応じることなく、唖然として立ち尽くすミレダに向かいつかつかと歩み寄った。

 そしてその正面に立つなり、右手を振り下ろす。

 突然の平手打ちを食らい、ミレダはわずかに腫れた頬を抑えよろめいた。


「どうしてこんな馬鹿なことをするんだ! 前線に出るなんて!」


 絶叫が響く。

 珍しく激高するその人を、ミレダは青緑色の瞳を見開いて見つめている。

 怒りの言葉はさらに続いた。


「俺達は、あなたが後ろにいるから戦えるんだ! 守るべき存在がいるからこそ……。それを、こんな……」


「違う! 私はそんなつもりじゃ……。ルウツの名を持つ者としての責務を果たそうとしただけだ!」


 言葉では強がっているものの、ミレダの頬を涙が伝い落ちる。

 どうしようもなく嫌な空気を振り払ったのは、冷静な第三者の声だった。


「今は仲間内でもめてる場合ではないでしょう。眼前の敵をなんとかしなければ」


 見ると、そこにはいつの間にか斥候隊長……ペドロが控えている。

 短く舌打ちすると、その人は簡潔に行った


「仕方がない。出て来る」


「出るって……。一体どこへ……?」


「戦場に決まっているだろ! ロンダート卿!」


「は、はい!」


 不安げに問いかけてくるミレダを怒鳴りつけてから、その人はユノーに向き直る。

 反射的にユノーは姿勢を正した。


「殿下は貴官に任せた。必ずお守りしろ」


「わかりました!」


 その人は一つうなずいて返すと、今度は控えていたペドロに視線を向ける。


「ペドロ……いや、斥候隊長、現状を詳しく教えてくれ」


 そして、今一度その人はユノーをかえりみる。

 短く簡潔に、頼む、と言うと、その人は返り血でまだらに染まった白いマントを翻し戦場へと向かった。



        ※


 無言で戦場を『見つめて』いたロンドベルトは、異変を感じて目を開いた。

 戦況は明らかにこちらが有利。

 にも関わらず、この違和感は何なのか。

 ある時を境に、それまで烏合の衆に見えた敵軍の動きが、明らかに異なっている。

 何者かに統率されているように見えるのだ。

 一体、何が起きたのか。

 疑問を抱きつつ、ロンドベルトは再び意識を戦場に集中する。

 と、目前を白銀の何かが横切る。

 そして……。


「閣下? いかがなさいました?」


 突然両の目を掌で覆うロンドベルトに、ヘラが驚いて声をかける。

 戻ってきたのは、常のごとくの皮肉交じりの言葉だった。


「見るな、と言われてしまった。どうやらあの御仁は、よほど根に持つ性分らしい」


「……え?」


 ロンドベルトが『あの御仁』と呼ぶ人物で、思い当たるのはただ一人。

 アレンタの地から罪人として連行されて行ったその人が、この場に現れたと言うのか。

 信じがたい言葉に、ヘラは思わず目を大きく見開く。

 だが、万が一にもロンドベルトが見紛うはずがない。

 驚きを隠せないヘラに対して、ロンドベルトは落ち着きを取り戻していた。


「別働隊からの報告は?」


 そう問うロンドベルトの視界の先で、ヘラは首を左右に振る。

 だろうな、そうつぶやくと彼は伝令を呼び寄せた。


「参謀に伝えろ。速やかに撤退せよ、と。このままでは無駄な出血を強いられるたけだ」


 一礼すると、伝令は戦場で指揮を取る参謀にその命令を伝えるべく走り去る。

 その後ろ姿を見送りながら、ロンドベルトは笑いながら言った。


「……まずまずと言ったところか。楽しみは後日に残しておくこととしよう」

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