─25─同情

 先鋒隊からの報告を受けたロンドベルトは、言い難い表情を浮かべていた。

 対峙する蒼の隊の数は、約六千五百。

 ルドラの時よりも、明らかに数を減らしている。

 加えて、絶対的な指揮官は不在である事はロンドベルト自身がよく知っている。

 にも関わらず、陣頭には以前は決して掲げることの無かったルウツの紋章旗を隊旗と共に掲げているという。

 常識的に考えれば、明らかにおかしい。

 こちらの想定外の所に伏兵を置いているのか、あるいはただのはったりなのか。

 常のごとくロンドベルトがその力を行使すれば、相手の手の内は精細に理解できるだろう。

 だが、なぜか今は進んで『見たい』とは思わなかった。

 正確に言えば、目の前に展開する敵軍に見るほどの価値を見出だせなかったのだ。

 見ようと見まいと訪れる結末は、ルウツの常勝軍団の消滅以外他にない。

 ロンドベルトはそれを強く確信していたからである。

 けれど……。


「お加減が優れないようにお見受けしますが……」


 そう声をかけて来たのは、他でもなく副官のヘラである。

 こと、ロンドベルトのことに関しては、彼女は本人以上にその心中の変化を察知する能力を有しているようだった。

 わずかに苦笑を浮かべて見せてから、ロンドベルトは皮肉交じりに言った。


「いや、敵ながら少々同情していると言ったところかな」


 上官の言葉の真意をはかりかねて、ヘラはわずかに小首をかしげる。


「同情……ですか? それは一体、どういうことでしょうか」


「あれほどの軍功を上げながら、最終的に与えられたのがこの状況だ。敵とはいえ、あまりにも哀れだと思わないか?」


 確かにこのまままともにぶつかれば、敵に勝ち目は無いだろう。

 それを見越した上での派兵だとしたら、悲劇としか言いようがない。

 そう一人ごちるようにつぶやいてから、ロンドベルトは頬杖をつく。

 そして、与えられた情報を反芻する。

 導き出された結論は、ただ一つ。


「……何かが起きているんだろうが……」


「はい? 」


 突然の言葉に、再び小首をかしげるヘラ。

 対するロンドベルトは、独白のように続ける。


「おそらく皇都とやらで、何かが起きたか起きようとしているんだろうな。いかんせん、今の私にはそれを見る術が無いのが残念だ」


 ロンドベルトは幼い頃、皇都を『見る』事を強要され、間者が惨殺される現場を見てしまった。

 以来彼の『千里眼』は、なぜか皇都の内部を見ることがかなわなくなった。

 そう聞き及んでいたヘラは、何とも言い難い表情でロンドベルトをみつめる。


「閣下……」


 部下の不安を感じ取ったのだろう。

 ロンドベルトは、黒玻璃の両眼をヘラに向ける。

 それに気づいたヘラは、あわてて姿勢を正した。


「無論、だからと言って手加減をするつもりはない。全軍をもって丁重に叩き潰す。それが先方に対する礼儀と言うものだ」


 できれば双方万全の体制でぶつかりたいと思っていたのだが、少々残念だ。

 苦笑にも似た顔でそう続けるロンドベルトは、ヘラの目には常のその人に戻っているように見える。

 ほっとしたような表情を浮かべるヘラに対して、ロンドベルトは再び深い思考の海に沈んで行った。

 思い出すのは、出兵の命令書を受け取りにアレンタの首府へ出向いた時のことだ。

 命令書を差し出しながら、軍務省の役人は皮肉な笑みを浮かべながら妙なことを言った。


──将軍、今回は勝ちが約束されたようなものだな。毎回そうであれば楽なのだがね……──


 実際、戦況はその言葉通りになっている。

 あの役人は、ロンドベルトが知らない『何か』をエドナの本庁から知らされていたのかもしれない。

 それが無紋の勇者の不在だとしたら、エドナとルウツは繋がっていることになる……。

 その結論に到達したとき、ロンドベルトはらしくもなく怖気おぞけを覚えた。

 皇帝直々の手配書といい、まるでルウツはあの神官に関わるものを消し去ろうとしているようである。

 その怨念にも似た何者かの感情に触れたような気がしたからに他ならない。

 ロンドベルトは目を閉じ、重いため息をついた。

 何者かの思惑に従って動くことを、この上なく不快に感じながら。

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