─23─正体

 本陣に戻ると、いつ仕掛けられても対応できる状態に陣形は整えられていた。

 ユノーはエドナ側に視線を巡らせるが、一向に黒い影は見当たらない。

 しかし、最悪挟撃されることも念頭に入れておかなければ。

 そんなユノーの決意をよそに、完全に表情を押し殺したミレダは、駆け寄りひざまずくシグマに向き直る。


「どんな状況だ?」


 硬い声で問うミレダに、シグマは頭を垂れたまま答える。


「それが、なんとも言えない妙な状態で……」


 妙? とでも言うように首をかしげるミレダ。

 シグマは、更に続けた。


「まず、援軍であれば先触れがあるはずですが、それもありません。そして、向こうは所属を示す旗印はたじるしすら掲げでいません」


 正直、敵なのか味方なのかすらわからない。

 そうシグマが締めくくったとき、前方部隊からざわめきが伝わってくる。


「どうしました?」


 すぐさま問うユノー。

 と、相手部隊から使者とおぼしき者が単騎、こちらに近付いててくるという。

 さて、どうするか。

 ユノーは、シグマとミレダを交互に見やる。

 俺は殿下と坊ちゃんの決定に従う、と言うシグマ。

 無言でうなずくミレダ。

 とにかく先方の話を聞こう。

 ユノーの腹は決まった。

 やがて、すぐ目前までやって来た使者の装備に、ミレダとユノーは等しく息を飲む。

 それは紛れもなく、元来ミレダが率いていた宮廷近衛も勤めるあけの隊のものだったからだ。


「殿下は、いずこにおわす?」


 よく通る使者の声が、荒涼とした大地に響く。

 それに応じて出ていこうとするミレダを、ユノーは慌てて制した。


「お一人では危険です! 小官も……」


「相手は単騎だ。私がお前と行けば、礼に反する」


「ですが……」


 埒が明かないと判断したシグマが、前に出る。

 そして、使者と対峙した。


「他の者では、話にならぬ。殿下はいずこにおわす?」


「殿下は我々の総大将だ。例え朱の隊の人間とは言えども、子細がわからない以上……」


「我らは既に、朱の隊にあらず」


 その言葉に、シグマの手が背負っていた戦斧の柄に伸びる。

 それを認めた使者の顔に、笑みが浮かんだ。


「失礼した。我々第三中隊を是非とも麾下きかに加えていただきたく、皇都より馳せ参じた次第」


「そちらの言い分は承知した。これより総大将と司令官の指示を仰ぐ。しばし待たれよ」


 そう告げると、シグマは陣へととって返す。

 そして、ミレダとユノーに事の次第を告げた。

 両者は一様に驚きの表情を浮かべると、どちらからとも無く顔を見合わせる。


「殿下、第三中隊と言うのは一体……?」


 ユノーの問いかけに、ミレダは思案するように腕を組む。


「宮殿に近い市街地の警備に当たる部隊だ。宮殿内の後宮や宰相府を守る部隊より常識的だと思っていたんだが」


「と、おっしゃいますと?」


「妙な選民意識を持ってないというか……。朱の隊でも比較的、その……」


「中、下級の貴族で編成されているんですね?」


 ユノーの言葉に、ミレダは済まなそうにうなずいた。

 一瞬ミレダが言い淀んだのは、同じく下級貴族である自分をおもんばかっての事と理解してのことだろう。

 だが、それをおくびにも出さずに言葉を継ぐ。


「つまり、宰相閣下との接点は少ない、と考えてよろしいでしょうか?」


「なら、渡りに舟だ。早速合流してもらっても良いんじゃないですか?」


 しかし、そんなユノーとシグマの予想に反して、ミレダは首を縦には振らなかった。


「逆に言えば、そこを宰相に突かれたとも考えられる。私とロンダート卿の首を持ち帰れば、それなりの身分を、と焚き付けられたのかもしれない」


 もっとも、あの宰相が約束を守る可能性は皆無だが、と言うミレダ。

 周囲からは、どっと笑い声が上がる。

 しかし、ユノーの表情は暗く沈んだままだ。

 こんな時、あの人ならどう判断し、どう行動するだろうか。

 恐らく、唇の端に皮肉な笑みを浮かべ、好きなようにさせておけば良いさ、と言い捨てて放置する……。

 導き出された結論に、ユノーは思わず頭を抱える。

 多分、それも正しい選択なのだろう。

 けれど彼には、それを実行する度胸も力量もない。

 その時、ミレダが動いた。


「殿下、どちらへ?」


 立ちふさがろうとするユノーに、ミレダは苦笑を浮かべる。


「どちらにせよ、私が行かねば仕方ないだろう」


「ですが……」


 なおも食い下がるユノー。けれどミレダは譲らなかった。


「いや、ここは私に任せてくれないか? 少し考えがある」


 それに、ここで討たれるようなら私はその程度の人間と言うことだ。

 そう言わんばかりの強い意思を秘めた瞳を向けられて、ユノーはついに折れた。

 青鹿毛の愛馬にまたがるが早いか、ミレダは陣を後にした。


「……シグマさん、もし相手が打って出てきたら……」


「わかってる。殿下には指一本触れさせない」


 言いながらシグマは、弓兵隊に合図を送る。

 ユノーもすぐに飛び出せるよう姿勢を低く保ち、剣のつかに手をかけ、固唾を飲んで状況を見守った。

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