─22─謎の軍勢

 ランスグレン。

 いにしえの大帝ロジュア・ルウツの時代には、出城が築かれそれなりに栄えていたようだが、今となってはその面影は無い。

 ただひたすらに荒涼とした大地が広がっているのみである。

 初陣の地ルドラには適当に部隊を伏せておける木々が生い茂る場所もあったが、ここは彼方に地平線が見えるほどの平地だ。

 軍勢がぶつかるにあたり、小細工では何ともしようがない。

 単純に数の大小が勝敗を決するだろう。

 けれど、『無紋の勇者』を欠いた蒼の隊はその数を減らしている。

 前回出陣時のおおよそ三分の二程度が踏みとどまっているという有様だ。

 そんな絶望的な状況で陣を張り、丸一日が経とうとしていた。

 果たして、死神の姿はまだ見ることはできずにいた。


「坊ちゃん、大変だ!」


 背後から声をかけられて、ユノーは身体ごと振り返る。

 と、シグマがこちらへと駆け寄って来るところだった。


「どうしたんですか? そんなにあわてて」


 脱走者が出たぐらいでは、もう驚かない。

 そう言うユノーに、シグマは息を切らせながら告げた。


「いや、そうじゃない。皇都の方から一個中隊くらいの軍勢が近づいてるって報告が。でもまあ、あの斥候隊長じゃないから、何かの間違いかもしれないけど」


 それにしても、斥候隊長までいなくなるとは思わなかった。

 そううそぶくシグマに、ユノーは曖昧に笑って返す。

 そんなユノーの脳裏に、良からぬ考えが浮かぶ。

 宰相は、自分達が敵軍に叩きつぶされる前に、自らの手勢でとどめを刺そうとしているのではないだろうか。

 あの宰相のことだ、万が一にも援軍などよこすはずもない。

 援軍を装った子飼いの部隊で、内部から叩き潰そうとしているのではないか、と。


「とりあえず、戦闘配備を。僕は、殿下にお知らせしてきます」


 ですが、くれぐれも無駄な出血は避けてください。

 そう言い残すと、ユノーはシグマが止めるより早く走り出す。


「……やれやれ、司令官が使い走りなんて聞いたこともないぜ。でも、ま、それが坊ちゃんの良いところなんだけど」


 ぼやきながら頭をかき回すと、シグマは部隊をまとめるべく歩き出した。


      ※


 周囲を一望できる、かつては城壁だったであろう石垣の上に、ミレダは一人たたずんでいた。

 ある方向をじっと見つめたまま、身じろぎ一つしない。

 その後ろ姿を認めたユノーは、ややためらった後、だが火急の事態だと思い直して恐る恐る歩み寄る。


「どうした? 何かあったか?」


 振り向きもせずに言うミレダに、ユノーは呼吸を整えた。


「はい、失礼いたします。よろしいでしょうか」


「戦場でそんな悠長にしていられるとは、随分と余裕があるな。……敵の動きでもわかったのか?」


「いいえ。斥候隊からの報告で、皇都方面よりこちらに向かってくる軍勢があると。数は約一個中隊」


 そこまで聞いて、ようやくミレダはこちらを向く。

 慣れぬ環境に若干痩せたようではあるが、相変わらず美しいその顔にユノーは思わず見惚れそうになる。

 が、鋭い視線を向けられ慌てて姿勢を正した。


「シグマさんが言うには、いつもの斥候隊長ではないから、何かの間違いかもしれない、と。ですが……」


 ユノーの言葉を、ミレダは手を上げてさえぎった。


「ペドロはいなくても、斥候隊はその直属部隊だ。間違うはずはない」


 おや、とユノーは思った。

 殿下は何故、自分も最近知った斥候隊長の名前を知っているのだろう?

 そんなユノーの内心に気付いたのだろうか。

 ミレダは苦笑を浮かべながら言った。


「話していなかったか。ペドロは奴と同じで、司祭館の孤児院育ちなんだ。それで、以前から面識がある」


 ミレダの言う『奴』とは、他でもない。

 寄せ集めの混成部隊だったこの蒼の隊を常勝軍団へと引き上げた『無紋の勇者』、シーリアス・マルケノフその人である。

 ミレダは幼い頃、その人と共に神官騎乗団長から剣を学んだのだという。

 司祭館への出入りがあったのは、当然のことだろう。

 思いもかけない交友関係に驚きつつも、ユノーは話を本題に戻す。


「失礼いたしました。一応全部隊には臨戦態勢を。殿下におかれましては……」


 何卒安全な場所に退避を。

 そうユノーが言うよりも早く、ミレダは歩き始めていた。


「で、殿下?」


「わかった。私も出る」


「し、しかし、殿下に何かあれば、小官は……」


「総大将が陣頭に立つのは当然のことだろう? 今からこんな調子では、奴にも死神にも笑われる」


 皇都を発つ時から、ミレダはこの言葉を繰り返していた。

 それほどまでに、彼女の意思は固い。

 もう何を言っても無駄だとユノーは理解した。

 ならばせめて、盾となって必ずこの人を守り抜く。

 そう決意を新たにし、彼はミレダの後を追った。

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