─21─再会、そして
かつて巡礼街道最後の宿場として栄えたルウツ領オトラベスも、今や度重なる戦乱で訪れる巡礼者もめっきり減り、どこかうら寂しい空気に包まれている。
神官達ももはや一枚岩ではなく、宰相にくみする者もいる。
そうペドロから聞き及んでいたジョセは、あえて宿舎としている司祭館ではなく、すっかり
皇都を出て、巡礼街道を進みやって来たオトラベス。
この街でペドロから受けた報告は、予想通り最悪なものだった。
しかし、近々好機が訪れる。
そう言い残しペドロが敵国エドナ領アレンタに向けて出立してから丸二日。
必ず戻ってくる、と言った刻限である。
けれど、すでに夜半を回りつつあるのに、待ち人が訪れる気配はない。
やはり宰相、そして皇帝陛下と対立するには多勢に無勢だったか。
大きく吐息を付き、司祭館へ戻ろうとした時、闇の中で何かが動いた。
一瞬のためらいの後、ジョセは腰の剣へ手をかけ、今一度闇の向こう側へと意識を集中する。
けれど、一向に殺意の類を感じることはできない。
果たして、暗闇に慣れた目はこちらへと近づいてくる二つの人陰をとらえていた。
うち、一人が先に立ちこちらへと歩み寄る。
そして、ジョセの目前で立ち止まると、片膝を付き深々と頭を垂れた。
「この度の不祥事は、全ては自分の不徳の致すところ。弁解の言葉もありません」
何卒、相応しい罰を。
そう言う声は、間違いなくジョセの待ち人のものだった。
「お待ちください。力づくで止められなかった私も同罪です。どうか……」
その人の後ろに控えるように従っていたペドロが、言葉を継ぐ。
しばしジョセは両者を代わるがわる見やっていたが、やがて長らく待ち続けたシエルに向き直る。
そして、わずかに身じろぎするその人の頭を、軽くこつん、と叩いた。
「……師匠?」
予想外のことだったのだろうか。
呆然としていると思しきシエルの肩を、ジョセは優しく抱いた。
「……良く無事で。猊下もお喜びになるだろう」
「本当に、何とお詫びを申し上げれば良いか……」
「それは、皇都に戻ってから聞くとしよう。……無事戻れればの話だが」
言葉尻から察するに、ジョセの顔には苦渋の表情が浮かんでいるのだろう。
しかし、何故。
不意にシエルは、ペドロに向き直った。
「そう言えば、大変な事になってるって、さっきも……。一体何が?」
「直接貴方のせい、という訳ではありませんが、間接的には貴方が原因かもしれません」
妙に回りくどい言い方をするペドロ。
それが更なる不安をかき立てる。
「……蒼の隊に出陣命令が下りました。総大将には殿下を、と陛下が直々に命じられて……。そろそろランスグレンに到達している頃合いかと」
「……何……だって?」
ようやくしぼり出されたその人の声は、珍しく震えていた。
一方のペドロは、淡々と現実に起きていることを説明する。
「どうやら陛下は、貴方に関わる存在を全て消し去るおつもりのようです。無論、ロンダート卿やシグマも帯同しています」
「……そんな……どうして……?」
「それは陛下ご本人に伺わなければ、わかりかねますが……」
言葉もなく呆然と立ち尽くすその人に、ペドロは追い打ちをかけるように続ける。
「ご存知かもしれませんが、エドナに潜入している者からの報告によると、あちらはイング隊が出てくると」
「馬鹿な……それじゃあ、みすみす……」
死にに行くようなものじゃないか。
その言葉を、シエルはやっとのことで飲み込んだ。
「殿下やロンダート卿にとって、陛下のお言葉は絶対です。たとえ殿下であっても、逆らうことは……」
わかっている。
誰よりも強く、姉である皇帝を護ろうとしていたのは、ミレダであると。
その妹姫が、皇帝の命令に楯突くはずもない。
けれど……。
「……れば……」
「はい?」
聞きとがめて、ペドロは首をかしげる。
と、シエルは絞り出すように言った。
「俺があの時助からなければ良かったんだ。そうすれば、こんな事には……」
「落ち着け、シエル。過ぎたことを言っても仕方がない。そうだろう?」
「ですが、師匠……自分は……」
やはり、あの闇の中で人知れず消えるべきだった。
うわ言のように繰り返す弟子に、ジョセは呆れたようにため息をついた。
「やれやれ、今まで何年修練を積んだんだ? これでは最初からやり直さないと」
すべては見えざるものの御意思だ。
そう諭されても尚納得がいかないようなシエルは、突如として踵を返し走り出そうとする。
「どこへ行くのですか? ガロアと同じ過ちをまた繰り返すつもりですか?」
が、その行く手にペドロが立ちふさがる。
今度はそうはさせない。
ペドロの決意は、固かった。
「私も駆けつけたいのは山々です。けれど、このまま行っても何の助けにもなりません。せめて貴方だけでも、無事で猊下の元に……」
もっともな言葉だった。
やり場のない怒りをぶつけるように、シエルは膝を付き、両の拳を激しく石畳に叩きつける。
と、何か白い物がふわりと石畳の上に落ちた。
不審に思ったジョセが拾い上げるが、それが何であるのかを読み解くには周囲は暗すぎる。
そんなジョセの様子に気付いたペドロが、あわてて説明する。
「大司教府直々の、導師への叙任状です。シエルが出陣の合間に書き続けていた書写が認められたようで」
そうか、とつぶやき、叙任状とうずくまる弟子を見比べていたジョセだったが、ふと何かを思い立ったようだった。
「多少なりとも、力になれるかもしれん。だが結果として、より険しい道を歩む事になる。それでも……?」
「……それでも構いません。殿下……皆を助けられる可能性が、少しでもあるなら……」
弟子の強い意志に、ジョセは重い溜息をもらした。
「わかった。ならば、着いて来なさい」
そう言うとジョセは、ある場所を目指し歩みだす。
二人はあわててその後を追う。
やがてたどり着いたのは、オトラベスの大聖堂だった。
何故こんな所に、とでも言うように、二人は闇の中で顔を見合わせる。
その間にもジョセは両開きの重い扉を押し開き、聖堂の中へと入っていく。
その時、ペドロは小さな声で告げた。
「ここから先は、貴方一人で。私は見張りがてら、ここで待っています」
どうやらペドロは、ジョセが何をしようとしているのか理解したようだった。
珍しく笑みを浮かべ、ペドロはシエルの背を押す。
まだわけがわからないと言うように、シエルは一度ペドロを省みてから、聖堂の中へと足を踏み入れた。
中には灯明がともされ、見えざるものを祀る祭壇は仄明るい中に浮かび上がっている。
その祭壇を背にして、ジョセはこちら向きに立っていた。
視線で促され、その人はジョセの前にひざまずく。
次の瞬間、ジョセは己の剣を抜いた。
白刃が、光を受けてきらめく。
ジョセは鋭い切っ先を迷うことなく弟子へと向ける。
そして、刃はその肩に触れた。
「シエル・アルトール。汝を神官騎士に任ずる」
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