─31─決意

 目の前にひざまずくペドロを、ミレダは言い難い表情を浮かべ見つめていた。

 果たして彼からもたらされた報告は、思いつく限り最悪のものだった。


「じゃあ……あいつはガロアに向かったのか? 戦闘が始まるところへ、自分から飛び込むようなものじゃないか!」


 予想通りの反応に、ペドロはただただ頭を下げるしかなかった。

 あの場にいて、あの人を止めることができる唯一の人物であったにも関わらず、それができなかった責任を強く感じて。

 石畳につけた拳を固く握りしめ、ペドロはさらに深々と頭を垂れる。


「何とお詫び申し上げていいかわかりません。ですが、私はまだあきらめておりません」


 どういうことだ、とミレダは首をかしげる。

 緩やかに波うつ赤茶色の髪が揺れた。

 青緑色の宝石のような瞳を真正面から受け止めて、ペドロは静かに、だが力強く言った。


「あの方を追って、私もガロアへ赴きました。その時、すでに戦は終わっていました。ですが……」


 言葉を濁すペドロ。

 だが、ミレダに続けるよう促され、彼は静かに言葉を継いだ。


「ですが、ガロアではあの人を……無論遺体も、見つけることはできませんでした。いずれかに逃れたか、あるいは敵の手に落ちたのか定かではありませんが、生きている可能性は高いと思います」


「遺体……? お前、まさか……」


 ミレダは目の前のペドロをまじまじとみつめる。

 言われてみれば、彼がまとっている衣服はうっすらと土埃にまみれ、指先は爪の中まで泥で汚れている。

 大きく見開かれたミレダの瞳に向かい、ペドロははにかむように微笑んだ。


「墓を暴くというのは、あまり良い気分がしませんね。もっとも遺体はすべて丁重に葬られていたので、死神も存外話のわかる人間やもしれません」


「そこまでして……。ペドロ、お前一体、どうしてそこまで?」


「私は殿下の手足です。殿下があの場におられたら、おそらく同じ行動を取ったでしょう? それに殿下と同様、私もシエルを無二の友人と思っておりますので」


「……ペドロ、すまない……」


 小さくつぶやき、頭を垂れるミレダ。

 慌ててペドロは首を左右に振った。


「どうかお手をお上げください、殿下。すべてはあの時シエルを止められなかった私に非があります。……ですから、これよりアレンタへ向かう許可をいただけませんか?」


「死神の懐へ飛び込むと言うのか?」


 色を失うミレダに、ペドロはうなずく。

 そして、脇に転がっていた黒い塊を抱き上げて見せた。

 ペドロの両手の中で塊……シエルが言うところの毛糸玉はもぞもぞと動く。

 それが仔猫であることを理解したミレダは、わずかに首をかしげる。


「そいつはなんだ? 一体シエルとどういう関係が?」


「シエルの連れですよ。別れる時にこいつを置いていったので、成り行きで私が」


 だが、毛糸玉はその手から逃れようとさらに身をよじる。

 無理矢理押さえつけるのをあきらめて再び毛糸玉を石畳に置くと、ペドロは苦笑を浮かべながら言った。


「シエルに、たまには恨み言の一つでも言ってやりたいんですよ。いつも自分勝手で、周りのことを何一つ考えてないんですから」


 何よりこの大食らいは面倒を見るのが大変で。

 そう言いながら頭をなででくるペドロに、毛糸玉はにゃあと抗議の声を上げた。

 その様子に、ようやくミレダの顔に笑みが浮かぶ。


「大丈夫です、殿下。シエルは必ず戻ってきます。私以外にもロンダート卿がお側にいるではありませんか。信じて待っていてください」


 わかったとうなずくミレダは、すっかりいつもの威厳を取り戻していた。

 その目にはわずかに光る物があったが、ペドロはそれを丁重に無視すると、深々と頭を垂れる。

 では、と立ち上がり、身を翻すペドロ。

 そして、その後を追う毛糸玉。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、ミレダは見送っていた。

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