─27─帰還
目前には、無数の墓碑が並んでいる。
血生臭いガロアでの戦から五日。
死神は、死者の街と揶揄される駐屯地アレンタへと戻ってきたのである。
出迎えの一団から一騎がこちらに向かってくるのが認められた。
短いとび色の髪を揺らし大きく手を振るのは他でもなく、副官のヘラ・スンだった。
弾けるような笑顔と明るい声。
ぎすぎすしていたそれまでの部隊内の雰囲気が、一気に和んだ。
やはりこの人無くしてはこの隊は成り立たない。
改めてそう痛感するロンドベルトの前で、ヘラは一礼した。
同時に彼女の目からうれし涙がこぼれ落ちる。
「閣下、お帰りお待ちしていました。ご無事でのご帰還、心よりお喜び申し上げます。あの……」
「出迎えご苦労だった。負傷者を頼む。それと、至急アルバート・サルコウ師団長殿を呼び戻してくれないか?」
突然の言葉に、ヘラは数度目を瞬いた。
見る者に少年めいた印象を与える美しいその顔には、わずかに戸惑いの表情が貼り付いている。
それが自分の身を案じてのことだと理解して、ロンドベルトはわずかに苦笑を浮かべてみせた。
「私のことなら心配はない。ただ、お迎えしたお客人がな」
「お客様……ですか? 」
首をかしげるヘラからロンドベルトは不気味な威圧感を与える護送車に視線を転じた。
同時に気まずい空気が周囲を支配する。
理知的な副官はそれだけで何かを察知したらしい。
後から来た分隊にてきぱきと指示を与えると、ヘラは聖地との国境で警備の任務についているアルバートに連絡を取るべく馬を走らせた。
小さくなっていくその後ろ姿と物言わぬ山の端の墓碑、そして漆黒の護送車をぐるりと見回してロンドベルトは吐息をついた。
「閣下……あの者の処遇はいかがなさいます? 正式に捕虜とするのであれば、エドナとルウツに報告し、然るべき手続きを踏まねばなりませんが」
おずおずという形容詞そのままに参謀はロンドベルトに切り出した。
確かにその通りである。
戦争状態と言っても、捕虜の身の安全は条約により定められている。
だがロンドベルトの脳裏に浮かんだのは、あの手配書だった。
彼があのお尋ね者であるとしたら、その消息をルウツに告げることは命の危機を意味する。
何よりルウツにその身柄を引き渡すようなことになれば、あのことを確かめられない。
「司祭館に運べ。処置は師団長殿にお任せするつもりだったから、その方が都合いいだろう」
「し、しかし……」
「定かではないが、あの御仁は武人ではなく神官だ。武人ではない人間は、捕虜にすることはできない。違うか?」
「そうですが……けれど……」
「我々は負傷したあの御仁を戦場で保護した。それだけだ」
「はあ……しかし……」
煮え切らない参謀。
その時ロンドベルトの黒玻璃の瞳に閃光が走った。
「貴官らは一体どういうつもりだ? 私に決定を求めて起きながら、いざ決断が下ると納得がいかぬ素振りを見せる。にも関わらず、それに対してより建設的な意見を述べようとしない」
その強い語気に、参謀は何も言い返すこともできずに立ち尽くしていた。
蒼白となるその顔に向かい、ロンドベルトはさらに続ける。
「思うに貴官らは、私を責任逃れの道具に使っているようだが、どうだ? 一体貴官らは私に何を求めている?」
無茶なことを言っている。
そうロンドベルトは理解していたが、言わずにはいられなかった。
幼い頃から今までに至る鬱積した感情が一気にほとばしった、そんな感じだった。
光を写さぬその瞳は無感情に参謀を見据えている。
えもいわれぬ威圧感を与えるには充分過ぎる道具となっていた。
「私はあの御仁をお客人としてアレンタに迎え入れる。不服であれば、明確な理由を述べよ。それが理にかなった発言であれば、無論私は聞き入れる」
敵からは『死神』と恐れられるロンドベルトである。
その怒りを勝ってしまっては、たまったものではない。
そう判断したのだろう、小心な参謀は深々と頭を下げた。
「め……滅相もございません。恐れ多くも閣下に意見しようなどとは、微塵にも思っておりません」
腰抜けめ。
心中でロンドベルトはそう毒づいた。
この事なかれ主義の参謀とは腹を割った仲にはなれぬことを、彼は改めて理解した。
「言いたいことがなければ少しは動いたらどうだ? お客人を司祭館へお連れしろ」
それが最後通牒だった。
これ以上の弁明は聞かない。
そう言うかのようにロンドベルトは長身を翻した。
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