─24─異変

 人々の流れがおかしい。

 気付いたのは、今まで来た旧道を皇都エル・フェイムへ戻り始めた時だった。

 それまで人気ひとけなかった旧道で、頻繁に人とすれ違うのだ。

 しかも、巡礼者にしては皆着の身着のままの格好をしている。

 表情は一様に疲れ果て、手を引かれている子どもは声を上げ泣いている。

 一体何事かとでも言うように見つめてくるシエル。

 対してペドロは心底わからないと言うように首を左右に振りつつ、道行く人々を注意深く観察していた。


「確かにおかしいですね。子どもや高齢者が旧道を来るとは。今までもこんな具合だったのですか?」


 今度はシエルが首を左右に振る番だった。

 足元の毛糸玉を指差しながらぶっきらぼうに答える。


「まさか。会ったのは、こいつの他にはあの刺客とお前くらいだ。何より俺の後をつけてきたなら、それくらいわかるだろ?」


 確かに、と言いながらペドロは難しい顔をして腕を組む。

 その時、毛糸玉がシエルの元を離れ、一目散に走り出した。

 待て、と言いながらシエルはその後を追う。

 毛糸玉はうずくまるように座る女性の脇で、その顔を不安げに見上げている。

 遠目に見ても、その金髪には覚えがあった。

 呼吸を整えてからシエルは静かに歩み寄り、礼儀正しく頭を下げた。


「テッドのお母上……村では大変お世話に……」


 視線がぶつかった刹那、それまでうつろだった女性の瞳に理性の光が戻った。

 戸惑うシエルを意に介することなく、女性は彼にすがりつき号泣する。


「お母上……一体……」


 突然のことに立ち尽くすシエル。

 後から来たペドロは、訳もわからずそんな二人の様子を見つめる。

 と、涙混じりの女性の声が聞こえて来た。


「大変なことになりました、神官様! この道を戻ってはいけません!」


 が、やはり何が起きたのかわからない。

 女性を支えながらシエルは問うた。


「一体どうしたんです?……テッドは……」


「村にエドナの死神が……。降伏しないと攻め込むと……。戦える者を残して、村はばらばらに……」


「……何だって?」


 女性の肩に置かれたシエルの手は、わずかに震えていた。

 そればかりではない。

 常に無表情を保っているはずのその顔は、動揺のあまりこわばっていた。

 しばしペドロは黙り込み両者を見つめ考え込んでいたが、何やら思いついたらしくおもむろに口を開く。


「ご婦人、教えていただきありがとうございます。ではシエル、このまま行くのはあきらめましょう。すぐに迂回して、新道の方へ……」


「……訳、ないじゃないか」


「はい?」


 聞き咎めて首をかしげるペドロを、シエルはぎっと睨みつけた。

 藍色の瞳には、怒りの炎が揺らめいている。


「見殺しにできる訳ないじゃないか! 俺はこのままガロアに向かう。ペドロはこの方を頼む」


「何を言うんです? 猊下とのお約束を反故になさるのですか? ……と」


 言ってしまってからペドロはあわてて口をつぐむ。

 シエルが何者であるか、知られるのではないかと思ったがためである。

 が、幸いにも取り乱した女性にはペドロの言葉は届いていないようだ。

 それを確認してペドロはほっと胸をなで下ろし、今度は慎重に言葉を選びながら続けた。


「冷静になってください。いいですか? ここからガロアまで、どう急いでも半日はかかる。今から引き返したとしても、村はもう……」


 再びペドロは口を閉ざした。

 シエルを冷静にさせるための言葉は、同時に目の前の女性に最大の衝撃を与えるということを理解したからだ。

 果たして女性は憔悴しきっており、涙はすでに枯れていた。

 そんな女性の肩を支えながら、シエルはしっかりとした口調で告げた。


「確かに約束は守らないといけないものだとはわかってる。……けど俺は、恩知らずにはなれない」


 藍色の瞳には、強い意志の光があった。

 この人がこんなにも自らの思いを素直に口にするのを始めて見た。

 驚きのあまり、ペドロは言葉を失う。

 その決意は、どうやら容易には覆せそうにはない。

 もはや止めても無駄だとペドロは理解した。

 深々とため息をついてから、不承不承ペドロは折れた。


「わかりました。こちらのご婦人はお任せください。あなたに代わりお守りします。悔いのないようにしてください」


 すまない。そう小さくつぶやいて、シエルは金髪の女性をペドロに託す。

 そして、振り向くことなく旧道をガロアに向かい走り出す。

 その後ろ姿をペドロは言い難い表情を浮かべたまま、いつまでも見つめていた。

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