─22─死神の行軍
エドナからアレンタへと向かう行程はすこぶる順調だった。
長らく続く戦乱で国境が曖昧になっている地域を北上しエドナの威を示せという命令は、まさにロンドベルトのためにしつらえられたような物だった。
『黒い死神』と恐れられるイング隊の黒旗を目にするなり、人々は進んでエドナへの恭順を示した。
そんな町や村を巡ることしばし。
だが、ロンドベルトの表情は晴れるどころか暗くなっていくようである。
それを気にしてか、長らく付き従ってきた参謀が恐れながら、と問うた。
「いかがなさいました? お顔の色が優れませんが」
さほど親しい間柄とは言えないが、共にしてきた年月はわずかな変化をも日の本にさらすようだ。
ふとそんなことを思い、苦笑をひらめかせながらロンドベルトは答えた。
「いや、こうも簡単にことが運ぶのが不気味だと思ったのと……」
「と、何でしょう」
生真面目に問い返してくるところは、アレンタの師団長を思い出させる。
そんなことをぼんやりと考えながら、ロンドベルトは言葉を継ぐ。
「どこの村も疲弊しているな。私も国境添いの出身だから、思い出した」
初耳です、と前置きしてから参謀は続けた。
「今年は飢饉だったと聞いています。そのため、税額を低く提示してきた方に尾を振る動きが見えますね」
その言葉にロンドベルトはわずかに眉根を寄せる。
首を傾げる参謀に、ロンドベルトは不機嫌を隠そうともせずに言った。
「農村を軽んじるような発言はどうかと思うが。彼らいてこその我々だ」
失礼いたしましたと頭を垂れる参謀。
それに目をくれることなく、ロンドベルトは歩を進める。
あわてて参謀はその後を追った。
「ですが、この分でしたらアレンタに帰還するまでさして時間はかかりそうにありませんね。一波乱あるかと思いましたが」
再びの配慮無い発言に、ロンドベルトは舌打ちしたい気持ちをぐっとこらえた。
そして、自分がこんなにも
おそらくは副官のヘラが、両者の緩衝材になっていてくれたのだろう。
不在になって改めてその事実を思い知らされて、ロンドベルトは苦笑を浮かべつつ肩越しに視線を参謀に投げかける。
「まるで戦を仕掛けたいといわんばかりだな。長い旅路の途中で無駄な戦闘を行うことがいかに馬鹿げているか、理解できないのか?」
はあ、とだけ答える参謀に、こいつには何を言っても無駄だとロンドベルトはそう理解した。
そんな中、急に視界が開けた。
眼下には、次の目的地がある。
常のごとく、ロンドベルトは視線を飛ばした。
最初に脳裏に飛び込んできたのは、幾筋かの立ち上る煙だった。
肩を寄せ合うように立ち並ぶ貧相な家々が、畑の中に点在している。
その畑は遠目にみてもかなり荒れ果てており、そこで働く人の姿はまったく見られない。
末期症状だな。
一通り村の様子を見渡したロンドベルトは、そんなことを思いながら一つ息をついた。
そして、怪訝そうな視線を向けてくる参謀に言葉を投げかける。
「ところで、使者はもう立てたのか? 先触れもなく押しかけては、無礼この上ないからな」
「は、滞りなく。まだ返礼はありませんが」
そうか、と答えてから、ロンドベルトはふと思い出したように問うた。
この村の名前は何だったかな、と。
参謀は姿勢を正し、即答した。
「は。ゲッセン伯配下、白の隊が駐留するガロアですが……」
言いながら参謀も眼下に広がる村を見やる。
ひっそりと息を潜めるかのようなその村には、軍隊はおろか住人の気配すらほとんど感じることはできなかった。
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