─20─刺客
荒れ果てた道は、真っ直ぐに延びている。
行き交う人々の姿が途絶えて等しいその道を、薄汚れたマントをすっぽりと被った男が一人、黒猫を従えて歩いている。
不意に一陣の風が砂埃を巻き上げた。
男は不意に足を止めると、振り向くことなくこう言った。
「行きずりの不良神官一人消すのに、ずいぶんとご大層じゃないか」
言葉が終わると同時に、黒い影が現れる。一つ、二つ……全部で四つ。
それらは音もなく走り寄ると、前後左右から彼を取り囲んだ。
手には各々、ナイフや短刀を持っているところをみると、真っ当な武人ではなく暗殺者といった類の人間だろう。
「あいにく急ぐ旅だ。こんな所で遊んでいる暇はない」
けれど、暗殺者はその願いを聞いてくれそうもなかった。
得物を構えながらじりじりと間合いをつめてくる。
やれやれと苦笑を浮かべながら、彼は腰を落とし身構えた。
が、荷物をおろす様子も武器を手にする気配もない。
暗殺者の一人が低い声で告げる。
「何をしている。早く武器を取れ」
その言葉に彼は斜に構えた笑みで応じる。
「旧道とは言え、ここは聖地に連なる巡礼街道だ。血で汚す訳にはいかない。それに……」
取り巻く暗殺者達をぐるりと見回してから、彼は更に続けた。
「多少のハンデがなければ、不公平だろ?」
その一言が合図となった。
四人はほぼ同時に彼に向かって飛びかかる。
奇声と同時に迫る刃。
彼が上半身を沈めると、セピアの髪が数本断ち切られ宙に舞った。
空気をはらみ大きく翻ったマントが白刃を阻む盾となり、暗殺者達は彼の身をかすめることすらできない。
薄笑いを浮かべたまま、彼は舞うような足取りで刃をよけ続ける。
が、らちが開かないと判断したのか、彼は藍色の瞳をすいと細めた。
「悪いがこれ以上遊んでいる時間はない」
逆なでするような言葉に、四人の顔は等しく紅に染まる。
怒りが統率を乱した。一人が雄叫びと共に突進してくる。
ちらと視線を向けると、彼は突き出された腕をやり過ごし、その手首に手刀を叩き込んだ。
「──……!」
予想外の反撃に、男の口から声にならない悲鳴が漏れる。
と、乾いた音をたてて短刀は大地に落ちた。
あわててそれを拾おうと前屈みになる腹部に、無駄の無い動きで膝が入った。
蛙が潰れたような声を残し、一人目の男は無様に倒れる。
まったく感情の無い瞳を彼は残る三人に向ける。
「さあ、次は誰だ?」
すでに暗殺者達の理性の糸は切れていた。
怒りに任せ無秩序に飛びかかってくるその動きを、彼は冷静に見据えていた。
正面から突出してくる始めの一人に、まず足払いをかける。
もんどりうって倒れるその体に、左から攻めてきた男がつまずき体勢を崩す。
すぐさま身を翻し、右手から襲いかかる男に真正面から対峙する。
と、その時だった。
それまで殺気にぎらぎらと輝いていた男の瞳は、急速に焦点を失いその身は力無く崩れ落ちる。
何事がと彼が首をひねった時、倒れていた二人が体勢を立て直し再び彼に向かって刃を振りかざす。
まず右側から突き出された腕を取り、飛び込んできた勢いを利用して一気に背負い投げる。
その体躯を大地に沈めてから、もう一人をと向き直ったが、それは徒労に終わった。
いつの間にか残る一人も倒れ伏していたのだ。
何事かと倒れている男を注意深く見やると、その背には細く長い針が突き刺さっている。
麻酔が塗られた吹き矢だ。
そう理解し、わずかに顔をしかめる彼の耳に、ぼそぼそとした声が飛び込んできた。
「まったく、あなたはいつも無茶をする。殿下や猊下のお気持ちがわかりますよ、シエル」
ゆっくりと彼……シエルは振り返る。
そこには鋭い表情を浮かべた細身の男が、吹き矢の筒を持って立っている。
その姿を認め、シエルは苦笑を浮かべながら言った。
「だから、監視はいらないと言っただろ? お前も隊に戻ったらどうだ、斥候隊長……いや、ペドロ」
が、呼びかけられた側は表情を崩すことなく吹き矢の筒を収めた。
妹姫と外界……主にシエルとをつなぐ存在。
それは他でもなく蒼の隊斥候隊長、ペドロ・シーンだった。
「ここは戦場ではありませんから、あなたの命令は聞けませんよ。残念ながら……と……」
不意にペドロの言葉は途切れた。
その足元には、黒い塊がすり寄っている。
塊とシエル、それらを交互に見比べてから、ペドロは呆れたように言った。
「また猫ですか。まったくあなたは……」
あきれたように言うペドロの足元で、毛糸玉は一声にゃあと鳴いた。
話の腰を折られ言葉を失うペドロに、シエルは素っ気なく言った。
「立ち話も何だし、俺は先を急ぐ。俺に用事なら次の休息所までついてくるんだな」
取り付く島もなく言い放たれて、ペドロはやれやれとため息をつくが、あきらめにもにた表情を浮かべ、しばし巡礼街道を進むことを決意した。
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