─10─足取り
ペドロという人物は、おそらくお目付役で、旅立ったあの人とミレダとの間を取り持っているのだろう。
それくらいのことは、いかに鈍いと自覚しているユノーにも察することができた。
一方ミレダはうつむきながら独白のように続ける。
「この手紙はゲッセン伯領に入る直前に受け取ったらしいんだが、それから奴を見失ったと……。以来手を尽くしても、まだ見つかったとの連絡がない」
ミレダの言葉を受けて、ユノーは頭の中で大陸の地図を思い描く。
ゲッセン伯はルウツ開びゃく以来の重臣で、皇都近辺の他にも各地に支配領を持っている。
そんな中でも、確か……。
「巡礼街道沿いだと、旧街道と新街道が分かれる所ですね、確か」
何気ないユノーの言葉に、ミレダの美しい顔はすっと青ざめ、表情はみるみる強張っていく。
「まさか旧街道を行ったんじゃないだろうな? あっちは国境に接している分、エドナの目が近い……」
けれど、奴ならやりかねない。
もどかしさを感じているのだろうか、ミレダはきっと唇を噛む。
果たしてあの人が戦場に身を置いている間も、彼女はこうして遠く離れた空の下でじっと待ち続けていたのだろう。
断ち切れない両者の絆を感じ、そしてミレダの心痛を察し、ユノーは目を閉じ頭を揺らした。
表には出さずとも打ちひしがれているであろう妹姫を前にして、何もできない自分の無力さが情けなかったからだ。
そんなユノーの耳を、ミレダの声が通り抜けていく。
「ペドロを振り切って行ったことは、今まで無かった。ザハドの戦の後、奴は何かが変わってしまった。今まで以上に死に急いでいるような気がして……。私は……」
同時に、白磁のようなミレダの頬を一筋の涙が伝い落ちた。
突然のことに、息を飲むユノー。
けれど次の瞬間、あふれる涙を拭おうともしないミレダに、彼は深々と頭を垂れていた。
「申し訳ありません……すべては僕……小官のせいです」
驚いたようなミレダの視線は、金髪の青年に向けられる。
それを真正面から受け止めて、ユノーは独白のように言葉を継いだ。
「察するに、閣下はこれまで過去への
その言葉は突然途切れた。
きまり悪そうな表情を浮かべたミレダが、ユノーの肩口を前触れもなく小突いたからだ。
一体何事かと目を丸くするユノーの視線から逃れるようにしながらも、ミレダはすまなそうに言った。
「悪かった。……お前も精一杯やっているのにな。まるで私一人が問題を抱えているような口ぶりだった。許してくれ」
そう頭を下げようとするミレダに、ユノーはあわてて言った。
「とんでもありません! こちらの方こそ、お恥ずかしいところをお見せして……」
赤面を隠すようにユノーは深々と一礼する。
一方のミレダはと言えば、すでにいつもの冷静さを取り戻していた。
深窓の姫君らしからぬ仕草だが、袖口で涙をぬぐうと、改めてユノーに向き直る。
「とりあえず今はペドロからの報告待ちだな。まったく皇帝の妹姫なんて肩書、肝心な時には何の役にも立ちはしない。情けない限りだ」
そうつぶやきながら、ミレダは苦笑になりきらない複雑な表情を浮かべた。
その絵画のような美しさに、ユノーは思わず見ほれる。
が、すぐに鋭い視線を感じて姿勢を正した。
青緑色の双眸は、真っ直ぐに彼を見据えていた。
「何を間抜けな顔をしている?」
「も、申し訳ありません……」
あきれたように言うミレダに、ユノーは心底申し訳なさそうに頭を下げる。
そんな彼を、ミレダはまじまじと見つめた。
「まったく……本当にお前、死地をくぐり抜けてきたのか? 見ていて信じられないな」
「……はあ……」
おそるおそるユノーはミレダをうかがう。
ミレダの顔には、先ほどのフリッツ公爵と同じく、どこか寂しげな微笑が浮かんでいた。
それもつかの間、気を取り直したかのようにミレダはユノーに剣を向けた。
「少しは休めただろう? 今日は日が暮れるまで付き合ってもらうからな」
すっかりいつものミレダである。
ユノーはあきらめて、改めてその剣を構えた。
あの人には及ばないまでも、少しでも殿下のお力になろう、そう思いながら。
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