─2─最果ての地
国境の向こう側にいる人間は、この風景を見たら何と思うだろうか。
自らが犯した罪の重さを目の当たりにし、深く後悔するだろうか。
それとも、最早何も感じぬほど既にその神経は麻痺しているのだろうか。
丘陵を埋め尽くす無数の墓碑を見やりながら、エドナ連盟アレンタ方面軍司令部付き副官ヘラ・スンは深々とため息をつく。
物言わぬ墓碑の群れは、戦場から帰還した彼女達を出陣した時とまったく変わらぬ様子で迎えた。
いや正確に言うと、その数は出陣時よりも増えているかもしれない。
戦が続く以上死者は増える、わかりきったことなのだが、いざそれを目前に突きつけられると言葉が無かった。
ここは大陸の北の果て。
聖地にもっとも近い場所、と言えば聞こえはいいが、早い話が僻地である。
その最果ての地に駐屯しているのが『不敗の軍神』、もしくは『黒衣の死神』と恐れられているロンドベルト・トーループである。
そのような名声を得ている人物が、なぜ首都から離れたこんな所に配されているのか。
理由は彼が持つ得体の知れない、すべてを見透かすという『力』である。
その能力をもってして、権力の転覆を謀られたらたまった物ではない。
エドナの主権者であるマケーネ、アルタントの両大公の意見はその点で一致した。
そして、下された命令にロンドベルトが従ったのは、両大公の考えが当たっていたからである。
──下手に命令に背いて、付け入る隙を与える訳にはいかないだろう?
言いながらロンドベルトが笑ったのは、一年ほど前だったろうか。
ヘラがそのように危険な思考を持つロンドベルトを主と定めたのは他でもなく、この人ならばこの荒みきった世界を変えることができる、そう信じたからである。
それにしても、この暗く寂しいアレンタの空気には、なかなか慣れることができない。
再びヘラがため息をついた、まさにその時だった。
前方に伸びる一本道に、人馬の群れが見える。
一体、何事だろう。
ヘラが首をかしげた時、単騎でこちらに向かってやってくる人がいた。
白銀色の甲冑に白いマントをまとい、薄茶色の髪に淡い水色の瞳を持つその若者を、ヘラは良く知っていた。
このアレンタの地に駐留する神官によって編成される神聖騎士団の師団長、アルバート・サルコウという人である。
「副官殿、無事のご帰還、心よりお慶び申し上げます」
ヘラの前で、アルバートは礼儀正しく言いながら一礼する。
同時にそれまで強ばっていたヘラの表情はふっとゆるんだ。
自らに従っていた一団に停止の合図を送ると、ヘラは若者に柔らかな微笑を向けた。
「師団長殿、わざわざありがとうございます。お父君……主任司祭様はお元気ですか?」
「お心遣いありがとうございます。相変わらず息災で、日々勤めを……」
ふと、アルバートは言葉を切る。
その視線は、ヘラの背後の漆黒の軍団を見つめている。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、出発の折より数が随分少ないような……。そういえば、司令官閣下はどちらに?」
至極当然の疑問にヘラは苦笑を浮かべる。
隠しおおせることでもないので、ことの次第を説明する。
「ご心配には及びません。私達が戦場に付いた時には既に戦闘は終わっていましたので、被害はほとんど無かったんですが……。諸般の事情で司令官は首都に留め置かれているんです」
「本当ですか? それは一体……」
が、おそらくそれは軍事機密に触れていると察したのであろう、アルバートは口をつぐむ。
その心遣いをヘラはありがたく感じた。
そして、ロンドベルトにこの気遣いがあれば、などと考える。
「
戦況を説明するヘラの顔が、わずかに曇った。
初めて軍神に出会った時、あの人は争いの無い世界を考えたことはありますか、と言った。
その世界を作りたいとは思いませんか、とも言った。
それは彼女の夢であり、それを実現するために、ヘラはその手を取ったのだ。
その自分が、争いの中に身をおいている……。
深い思考に沈んでいくヘラを、アルバートの声が現実へと引き戻す。
「司令殿はもう少し信心深くならないと。このままではいらぬ誤解を受けるのでは?」
確かにそうですね、と同意を示してから、ヘラは再び丘を埋め尽くす墓碑の群れに視線を転じた。
聖地にほど近いこのアレンタの地には、エドナ最大の戦没者墓地がある。
生者の数よりも死者のそれの方が多いと揶揄されるほどに。
が、それだけの人が戦で命を奪われているのも事実である。
暗い表情でため息をつくヘラに、アルバートは不安げに尋ねる。
「いかがされました? お顔の色が、少々……。早く休まれた方が……」
「そうですね。長旅で少し疲れたのかもしれません」
ヘラは無理矢理に疲れた顔に笑みを浮かべる。
「本当にありがとうございました。後ほど、主任司祭様へお礼にうかがいたいのですが……」
「そのお気持ちだけで充分ですよ。では、参りましょう」
そう言うとアルバートは馬首を返す。
ヘラは片手を上げ全軍に出発を促した。
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