─11─死神の目覚め

 不名誉極まりない急襲を受け、一時は半壊滅の事態に追い込まれたにも関わらず、この戦は『我が軍勝利』ということになっていた。

 理由は敵本隊を完膚なきまでに叩いたからだという。

 ならば、本隊を側面からの突撃で分断されたこちらも負けではないか。

 そう心中でうそぶきながら、俺は都に戻る部隊から離れた。

 理由はある場所を訪ねるため。

 そう、『都から見捨てられた村』……俺の生まれ育ったあの村へ向かうためだ。

 かつて俺が暮らしていたあの家では、父が一人で暮らしているはずだ。

 理不尽な死を迎えた母の墓を守って、ただ一人。

 十数年振りに足を踏み入れたその村は、幼い頃の思い出そのままにどこか埃っぽく、煤けていた。

 聖堂からのびる中央通りを進むことしばし、小さな家が肩を寄せ合う路地へと足を向ける。

 目の前に現れたその家の扉を、ややためらってから二度叩く。

 が、返事はない。


 どうしたんだろう。


 疑問に思う俺の耳に、懐かしい声が飛び込んできた。


「あらあら、おかえりなさい。ずいぶんとまあ、立派になって……」


 その声の主は、俺や母さんをいつも気にかけてくれた、隣に住むご婦人だった。


「ご無沙汰しております。お元気そうで、何よりです。あの……」


 そう切り出した俺の目の前で、彼女の表情はわずかに曇る。

 嫌な予感を感じながら、俺は言葉をついだ。


「……父がこちらに移り住んだので……今は……?」


「亡くなった……いえ、正確にはね、殺されたのよ」


「な……」


 どうしてそんなことが。

 言葉なく立ち尽くす俺の前で、彼女は更に続けた。


「越してきて半年くらい経ったころだったかしら。ようやく村にも馴染んできたっていうその矢先にね、二、三日姿が見えなくなって……。おかしいと思って家に入ったら、居間が血だらけになっていて……」


「何か、盗られたとか、そういうことは?」


「それが、家の中は全然荒らされてなかったのよ。村中みんな、気味悪がって……でも……」


 それから後、彼女が何を話していたのか、俺は覚えていない。

 気が付いた時、俺は父母の墓の前に立っていた。

 ようやく家族がそろったのが、こんな形になるとは。

 茫然として立ち尽くす俺は、ふとあることを考えていた。

 長らく前線に出ていなかったものの、父は武人だ。

 そこいらにいるごろつきに、そう易々と命を奪われるはずがない。

 おそらく父を殺したのは、それなりの腕を持つ人間だろう。

 なら、一体誰がそうなるように仕向けたのか。

 思考の糸をほぐし、手繰っていくうちに、俺はある人物にたどり着いた。

 あの情報大臣に。

 俺が軍籍に就いたのは、軍の機密が外部に漏れないよう大臣が手を回したためだ。

 ならば、同じように機密に俺より長く深く関わっていた父が軍籍を離れた時、国は一体どのように動くだろうか。

 その結果もたらされたのが、これだとしたら……。


 乾いた地面に、ぽたぽたと水滴が落ちる。

 二つの墓の前で、俺はこれ以上ないくらい、両の手を固く握りしめていた。

 母さんと父さんを引き裂いたのは、この国。

 母さんが死んだ原因の誤解と混乱を産み出したのも、この国。

 幼かった俺から自由を奪い、無理矢理今の地位につけたのも、この国。

 そして、父さんの命を奪ったのも、この国。

 いつしか俺は、笑っていた。声をたてて。

 何がおかしいのかも解らずに。


 そうだ。すべて国のせいだ。

 俺の運命を狂わせたのは、この国だ。


 いや、俺だけじゃない。遠い異国の地で、前触れもなく命を奪われたたくさんの間者達。

 そして、両親を奪われ皮肉にも『見たことのない祖国』に弓を引くことになってしまった『彼』。

 それもすべて、この国のせいだ。俺は力任せに胸の階級章を引きちぎっていた。


「……約束するよ、父さん、母さん。恨みは必ず晴らす。俺達を滅茶苦茶にしたこの国を、壊してやる……」


 俺は笑った。ただひたすらに。

 その声は、誰もいない墓地に響き渡っていた。


     ※


 窓の外には、黒い軍旗が翻っている。

 敵軍はこの旗を見ると、戦意を失い恥と承知で逃げ去るとまで言われる漆黒の旗が。

 街道筋に程近い、交通の要所に、俺は一軍を任されその守備にあたっていた。

 マケーネ大公領アレンタ方面駐留軍イング隊総司令官。

 それが今の俺の役職だった。

 軍旗と同じく漆黒の服をまとうのは、他でもない、亡き父母に対する服喪の念。

 それを知らない敵は、俺のことを『黒衣の死神』と恐れているらしい。

 ただし、その牙はどこに向けられているのか、知る由もないだろう。

 すべてを壊す。

 俺の運命を壊した物に対する復讐。

 そして、今は亡き父母に誓った約束。

 それだけが、今の俺を突き動かしている。

 どす黒い、ひねくれた感情が。

 せいぜい、争い続ければいい。

 そして互いに疲弊し、共倒れするがいい。

 誰もいない執務室で俺は笑った。

 すべては、俺達を駒として使い捨てにした報い。

 崩壊の時は、すぐ間近に迫っているのだろう。

 せいぜい派手に終わるがいい……。

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