─10─交錯する光
そして、日は昇った。
敵本陣から軍勢がこちらに向け進軍を開始した。
朝の光が剣や槍の刃に反射して、きらきらと光輝いている。
それを確認した上官が右手を挙げた。
俺達は大きく迂回しながら、敵本陣を目指す。
時折、分隊が側面から敵軍を叩く事もおこたらない。
予測外からの攻撃は、敵を威圧すると同時に方向感覚を失わせ、混乱させるという意味もある。
そして遂に、目前に無防備な敵本陣が現れた。
上官の顔には、早くも笑みが浮かんでいる。
一端隊列を整えてから、上官は自らの剣を抜く。
「総員抜刀! 攻撃開始!」
その声と同時に、俺達は突っ込んだ。
突然の攻撃に、敵は浮き足立つ。
武装はおろか、剣さえ身につけていない馬鹿共が、突然の襲撃を前に右往左往する。
それを蹴散らして、俺達は虐殺という名の攻撃を開始した。
大地は瞬く間に血を吸い、誇らしげにはためいていた白い軍旗は赤く染まった。
あまりの手応えの無さに、俺は苛立ちを感じていた。
こんな奴等に俺達は苦しめられていたのか。
こんな奴等のせいで、俺達家族は引き裂かれたのか。
母さんは死んだのか。
そして、こんなに簡単なことを、どうして国は今までやってくれなかったのか、と。
粗方動く物が見えなくなった敵本陣で、味方はすっかり緊張感を失っていた。
早くも勝ったつもりで高笑いをしている者もいる。
その代表が、間抜けな上官だった。
「いやいや、これは楽勝だな。さすが不敗の軍神だ」
「まだ戦いは終わっていません。一刻も早く反転し、実働部隊を叩かねば……」
言いかけた時、俺は違和感を覚えた。
何かが俺達を見ている。
射抜くような鋭い目で。
それは、紛いもなく……。
「敵襲です! 方角は右側方!」
叫んだ俺を、上官は唖然として見つめていた。
ぱくぱくと口を数度、意味もなく開閉させてから、上官は言った。
「馬鹿を言うな! これから我々が後背を突くはずだ! それが……」
どこまでこいつは間抜けなのだろう。
呆れつつも、俺は繰り返す。
「敵襲です! まもなくぶつかります! 陣形を……」
が、既に手遅れだった。
真横から鬨の声が上がる。
「何故だ! どうして……」
青ざめる上官を無視し、俺は全軍に迎撃の命令を下す。
そして、あることを思い出していた。
敵の動きは統一されていない、頭は二つあると。
本陣……意味を為さない司令部に抑えつけられていた存在が、まれに見る名将だったら、戦局はどう変化するか。
実働部隊の指揮官が自らの意思で動き始めたら、一体どうなるか。
その結論が、今目前に迫ってきた。
辛うじて体勢を立て直した俺達の前に、敵軍が現れた。
彼らは統一された武具ではなく、各々ばらばらなそれを身にまとっていた。
正規軍ではない、傭兵部隊だ。
そのなりで俺はそう理解した。
厄介な物に当たってしまった。
実力で戦場を渡り歩いている彼らの個々の能力は、一般の兵を軽く凌駕することすらある。
優秀な指揮官に率いられた時、彼らは烏合の衆から歴戦の勇者集団に豹変する。
俺は上官に気付かれぬよう、短く舌打ちした。
そして、ついに方々から怒号と悲鳴が上がった。
数の面ではこちらが有利。
が、敵襲を予想していなかった点を差し引いてみて、戦局は五分五分という所だろう。
この上は、出血を最小限に抑えなければ。
そう思い直して俺は剣を構え直し、敵の頭を探して戦場に視線を巡らす。
果たして俺の視界の中に、一人の男が飛び込んできた。
軍団の先頭で剣を中空にかざし、こちらを見据える若い男の姿が。
真新しい甲冑は返り血で真紅に染まり、異様なほどの威圧感を見る者に与えている。
おそらく名ばかりの貴族とやらではない。
一体、何者か。
俺は命令を下しているであろうその男の顔を『見た』。
まったく感情を他者に読ませない、深い夜空の色をした瞳が、真っ直ぐにこちらを睨み付けている。
「あいつは……」
思わず俺はつぶやいた。
あの瞳には、見覚えがある。
間違えるはずもない幼かったあの時、偶然に見た両親を目の前で殺されたあの少年の瞳。
が、俺の回想は前触れもなく途絶えた。
ひゅう、という風を切る音と共に、無数の矢が俺達に向け放たれ始めたからだ。
運悪くそれに当たった奴らが、ばたばたと落馬していく。
ようやく現状を理解した能無しが、攻撃開始を命じようとする。
が、時は既に遅すぎた。
紡錘形に配した陣形で、敵は俺達の側面に食らいついてくる。
混乱の中、俺達はなす術もなく分断されていた。
俺の悪運も、これまでか。
苦笑を浮かべながら俺は腹をくくる。
そして反転してくるであろう敵を待った。
しかし……。
「何だって……」
俺は自分の『目』を疑った。
圧倒的な優勢を誇っていたはずの敵は、早々に戦場を離脱していったのだから。
「参謀殿! 司令官殿! ご無事ですか?」
背後からの声に、俺は振り返る。
そこには怯えた表情を貼り付かせた伝令兵が、小刻みに震えながら立っていた。
あわてて俺は司令官を見るが、顔面蒼白となったそいつには、もう命令を下すだけの余力は残っていなかった。
どこまでも使えない奴だ。
心中で罵りながら、俺は伝えるべきことを口にした。
「我々は無事だ。至急各分隊の被害状況を報告しろ。敵の再攻撃の可能性もある。油断するな!」
命令を受けた伝令は、弾かれたように走り去っていく。
その後ろ姿を見つめながら、俺は自分がついた小さな嘘に苦笑した。
敵はもう戻っては来ない。
『彼』はこれ以上の流血を望んではいない。
そう確信していたからだ。
日が真上からやや傾くころ、ようやく無意味な殺しあいは終結した。
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