─9─父と子

 司令部付作戦参謀。

 それが国から与えられた俺の役職だった。

 無論、成人して間もないにも関わらずそんな肩書きを持つ俺を、叩き上げの頭の固い司令官連中が快く迎えてくれるはずがない。


 世間知らずの若造。

 親の威光をかさにきた無能者。


 俺を一瞥するなり、司令部の面々は言外に俺の事をそう罵った。

 だが敵と一戦を交えた後は、その態度は一変する。

 理由は簡単だ。

 俺の指摘する敵陣の穴……つまりは弱点が、必ず的中するからだ。


 戦場に出て解ったこと。

 それは、俺の『目』が使えなくなるのは皇都を見ようとする時だけで、目前の敵陣を見るには何ら差し支えない、ということだった。

 初陣より負けを知らず前線を渡り歩く俺の名は、いつしか敵・味方の間で次第に知れ渡るようになっていった。

 味方は『不敗の軍神』と俺を崇め、敵は『得体の知れない死神』と俺を恐れた。

 瞬く間に出世の階段を駆け上がる俺は、久しぶりに父に出会った。

 首都で催された祝宴会場でのことだった。

 父の漆黒の髪には白い物が混じり、その身体は一回り小さくなったようだった。


「随分と活躍しているようだな。とても誇りに思っているよ」


 開口一番、父はこう切り出した。

 咄嗟に表情を隠すため、俺は思わず頭を下げる。

 その俺の頭上を、父の声が通過していく。


「今年一杯で退官することにした。私の軍での役割は、終わったからな」


 再びの思いがけない言葉に、今度は顔を上げる。

 そこにあった父の顔には、今まで見たことがない、柔和な笑みが浮かんでいた。


「官舎を引き払ったら、首都を出るつもりだ。老いぼれのやもめ暮らしだが、休暇の時にでも気が向いたら顔を出してくれたら嬉しいよ」


「けれど……首都を出て、一体どこへ行かれるんです?」


 時間の流れは、俺達親子を完全な他人にしてしまったようだ。

 その事実に気付いた父は、苦笑を浮かべていた。


「どこも何も……私達家族に残された場所は、あそこしか無いじゃないか。あの村に戻って、母さんの墓を守るつもりだ。今更だが、一緒に住むと約束したからな」


 いつしか俺の脳裏に、あの村の風景が広がった。

 のどかな田園風景。

 そして優しい母さんの笑顔。

 失われてしまった、苦しくても満たされていたあの頃が。


「家も買い取った。生活は恩給で何とかやっていくよ。畑も一から習ってみるのも良いかな」


 言葉に窮する俺。

 果たして父は、それをどう受け取ったのかは、わからない。

 笑みを浮かべたまま、父は俺の肩をぽん、と叩いた。


「待っている。絶対に帰ってこい。約束だ。……だから、死ぬな」


 そう言い残すと、父は会場を後にする。

 その後ろ姿に、俺は何も言葉をかけることができなかった。


     ※


 そして、幾度目かの前線に俺は立っていた。

 目前には、真っ白な旗が翻っている。

 忘れもしない、秋が来るたび村を襲い食糧を掠め取っていった奴等が掲げていた、あの旗が。


「敵の動きは、どんなものかな?」


 背後からの声に、俺は振り向いた。

 そこにはいつの間にか、今回の上官が立っている。

 明らかに媚びた表情をその間抜け面に貼り付けて。

 が、上官であることには変わらない。

 一応の礼を示すため、俺は無言で頭を垂れた。


「聞いた所によると、貴官は随分と彼らに苦しまされていたそうじゃないか」


 そう、ここは俺の故郷から程近い場所。

 言うならば、『忘れられかけた街』といったところだろうか。

 そう言えば、一時駐留した場所近くに住む人々から向けられる視線は、心なしか冷たく痛い物だった。

 その理由は、俺が一番理解している。

 が、上官はそんな俺の心中を察することなくこう言った。


「まあ、何だな。今回の戦、もらったも同然だな。何せ、軍神たる貴官がいてくれるんだからな」


 おめでたい奴だ。


 俺は頭を垂れたまま、口には出さず罵った。

 おそらく今の俺の顔には、不快の色が浮かんでいることだろう。


「で、どういった塩梅かね?」


 再びの問いかけに、俺は極力感情を殺しながら答えた。


「今のところ、何ら問題はありません。数では我々が圧倒的な優位です。ですが……」


「が、何か?」


「敵の動きが統一されていないように見えます。理由は定かではありませんが」


 ふむ、と言ってから、上官は腕を組み敵陣を見つめた。


「だが、統一されている方が我々が不利になるのではないか? 敵の動きが統一されていないのは、歓迎すべきことではないかと思うのだが?」


 同意を示すため、俺はより深く頭を垂れる。

 が、実の所、俺はのんきな上官とは違う見方をしていた。

 敵には『頭』が二つある、と。

 しかし、それを進言しても無駄だろう。

 能無しの上官は、自分に都合良いことしか俺の言葉を受け付けないからだ。


「では、予定通り。明朝攻撃を開始するとしようか。目標は敵司令部」


 今回の作戦はこうだ。

 敵実働部隊をやり過ごした我が軍が、後方でふんぞり返っている敵本陣……頭を潰す。

 その後、命令系統を失い動きが取れなくなった実働部隊を背後から叩く。

 上官の言う通り、作戦が上手くいけば簡単に勝利は転がりこんでくるだろう。

 あくまでも、予定通りに事が運ぶなら。


「心配は無用だ。貴官もようやく、積年の恨みを晴らせる、と言った所だな」


「は……」


 これ以上、下らない会話をしたくなかった俺は、早々にその場を後にした。

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