第10話 王弟殿下の贈り物

 1週間後。

 今日は王宮でパーティーが開かれる日です。

 支度のために仕事を早めに切り上げて、王都の侯爵邸に戻ってきました。

 私の部屋には、一着の鮮やかな白銀色のドレスが飾られています。

 このドレスは数日前にブランドン殿下から贈られてきた品です。


「……」


 いくら二人でパーティーに行くとはいえ、それだけの理由でドレスをプレゼントするものなのでしょうか。

 最高級の材質を、王都でも一流のデザイナーが仕立てた逸品。

 その上、ブランドン殿下の髪と同じ色。 

 婚約者や親密な関係にある貴族の殿方がご令嬢に自分の外見にちなんだ色のドレスや装飾品を送るという風習は、私も知っています。

 その理由は、私自身がどこかの殿方から贈り物をいただいた経験があるからではありません。

 商材の需要を把握しておくことは、物を売る上での基本というだけの話です。


「でも、私がこのドレスを着ていたら……私と殿下がただならぬ関係に見えてしまうかもしれません」


 例えば、婚約者とか。

 いや、そう言えば婚約者だったヴィクターは私にドレスを贈ってくれたことなんて一度もありませんでしたね。

 そう考えると急に冷静になってきました。


「やっぱり殿下は、キャロラインお嬢様のことを深く愛してるんですね!」

「……いきなり背後から話しかけないでください」


 振り向くと、メイドのリナが笑顔で立っていました。 

 気持ちを落ち着かせようとした途端、これです。

 

「またまたー、照れ隠しですか?」

「茶化さないでください。今日は遊びではなくて、大事な目的があるのですから」


 相変わらずな調子のリナを、私はたしなめます。


「今日は侯爵家の今後を左右する日です。殿下からの贈り物はある意味、その勝負服にふさわしいかもしれませんね」

「お嬢様ってば、また色気のないことを言って……でも、お嬢様が侯爵家で働く人たちのことをどれほど思っているかは、私も知っていますからね。今日は全力を尽くしてお嬢様を着飾ります!」


 最初は不服そうにしていたリナでしたが、すぐに気合を入れて握り拳を作りました。




 それからしばらくして。

 私は着飾った状態で鏡の前に立っています。


「こうして見ると、私もそこそこ様になりますね。さすが一流のドレスとリナのメイクです」

「何を言うんですか。お嬢様の美貌があってこそのドレスとメイクですよ。これならブランドン殿下も間違いなく、見惚れて目が離せなくなります」


 リナが調子のいいことを言ってきます。

 適当なお世辞を言うような子ではありませんが……どこまで信用していいものやら。


「さて。そろそろブランドン殿下が来る頃ですね」


 ……殿下はドレスを着た私を見たら、どんな反応をするでしょう。

 リナの言葉は適当に流しましたが、なんだかんだで気になります。

 きっと、褒めてはくれるでしょうね。

 あの方は大人なので、着飾った令嬢へ送る賛辞の一つや二つくらい当然持ち合わせているはずです。

 問題は、それがお世辞なのか、本心なのか。

 叶うならリナの言うように、ブランドン殿下が見惚れてくれたら……。


「だから、今日はそういう日ではないというのに……私、いくらなんでも浮かれすぎでは……!」


 そんな調子で私が悶々と思考を巡らせていたその時。


「やあ、キャロライン嬢。ずいぶんと楽しそうだね?」


 いつの間にか、背後にブランドン殿下が立っていました。


「なっ……で、殿下!? なぜこの部屋に」

「エスコートのために迎えに来たんだけど……せっかくなら早く会いたいと思ったので、ここまで案内してもらったんだ」


「だとしても、着替え中の女性の部屋に断りもなく入るのはいかがなものかと……」

「君のメイドに聞いたら、着替えはもう終わっているからと言って入室を認めてくれたよ」


 言われてみれば、リナがいません。

 ……いつの間に。

 まあ、ここは気を取り直しましょう。

 私は改めて、ブランドン殿下の正面に向き直ります。


「殿下、素敵なドレスを贈っていただきありがとうございます」

「ああ……うん」


 ブランドン殿下から、曖昧な言葉が返ってきました。

 なんだか上の空と言った様子で、じっと私を見ています。


「どうしましたか? やはり、似合っていないでしょうか?」

「まさか。とても似合っているし、綺麗だよ。きっと今夜は、キャロライン嬢が誰よりも注目されることになるだろうね」

「へっ……!?」


 不安になって聞いてみたら予想以上に褒めちぎられました。


「やはりこのドレスを選んで正解だった」

「そ、そんなに煽てても何も出ませんよ」

「相変わらずだな、君は」


 ブランドン殿下は微笑むと、私の手を優しく取ってきました。


「殿下……?」

「少なくとも、今夜のエスコートの栄誉はもらわないと困るな」


 ブランドン殿下はそう言って、私の手の甲にそっと口づけしてきました。


「……!? えっと、元から決まっていた約束ですし。こちらこそ、お願いします」

「それは良かった。ではさっそく、会場に向かおうか」


 今日が私と侯爵家によって重要な日だと理解しているのでしょう。

 殿下は真剣な面持ちで、そう告げてきました。


「……はい」


 私はうなずいて、同じように気合を入れようとしますが……高鳴る心臓の鼓動と、緩んだ頬をどうしても制御できません。

 ……これも全部、私の心を揺さぶろうとする殿下が悪いです。




◇◇◇◇◇


久々の更新です。

お待たせしてしまいすみません。

本作について、応募していた「賢いヒロイン」中編コンテストの中間選考を無事突破することができました!

だからというわけでもないですが、今後もチマチマと更新はする予定ですので引き続きよろしくお願いします。

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侯爵家の冷たい金庫番と呼ばれた令嬢は婚約破棄された後、家を守るために王弟殿下と手を組もうとしたら溺愛される。 りんどー @rindo2go

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