第9話 義妹との遭遇
フェアチャイルド商会でブランドン殿下と会った後。
私は出先で用件を済ませてから、別の用事のために侯爵邸に立ち寄っていました。
リナを引き連れながら、自室へと続く廊下を歩いていたその時。
「あ、お姉さま……」
両脇にメイドを従えた義妹のクラリスと鉢合わせました。
クラリスは露骨に気まずそうな顔をしています。
私の部屋とクラリスの部屋は侯爵邸の中でも反対側にあります。
つまり本来であれば、この辺りの区画はクラリスにとって用のない場所です。
私が不在の隙に、部屋を物色して何か自分とヴィクターが有利になるための材料がないか探していた……といった具合でしょう。
もちろん私は、見られて困るような物をこの屋敷に放置するような愚を犯しません。
「お、お姉さまは卑怯な人です!」
しばらく気まずそうにしていたクラリスでしたが、やがて私を責めるようなことを言ってきました。
「キャロラインお嬢様に向かってそのような……!」
リナが言い返そうとしてくれますが、私はそれを手で制します。
口を噤んで一礼するリナを横目で見てから、私は改めてクラリスを見据えます。
「卑怯とはなんのことでしょう」
「ヴィクターさまという婚約者がいたのに、いつの間にかもっと王弟殿下を誑かして、あの方の身分を利用してパーティーの場で悪事をもみ消してもらっていたじゃないですか!」
なるほど。
婚約破棄された直後に開かれたあのパーティーでの出来事は、クラリスにとってはそういう認識なのですか。
誰かに吹き込まれたのか、自分でそう考えたのかは分かりませんが、なんだか気に入らない言い方です。
普段なら自分が何を言われようと大して気にしないのにそう思うのはなぜでしょう。
もしかして、ブランドン殿下のことを悪く言われているから……?
って、今はそんなことを考えている場合ではありません。
「こほん。ずいぶん偏った物の見方ですね。あの時の話はそもそも、根拠がなかったから皆が受け入れなかっただけでしょう」
私は一つ咳払いをすると、気を取り直して言います。
「ですがお姉さまは、王弟殿下という味方を得たのをいいことに、最近も好き勝手していると聞きます!」
「好き勝手……とは」
「砂糖を違法に取引しているらしいじゃないですか!」
「別に、砂糖を取引すること自体は問題ではありません」
熱くなるクラリスとは対照的に、私は冷静でした。
「で、でも! 砂糖の原料であるサトウキビはアドニス公爵家が国に一任されて栽培することが法律で定められています! そのおかげで、公爵家は砂糖そのものも実質的に任されていると聞きました!」
「任されている、ですか」
「そうです! それなのにお姉さまが砂糖を取引しているのは、違法な栽培を行っているに違いありません!」
クラリスは商売や法律に関する勉強をしていません。
幼少期に病弱だったことを理由に、その機会を拒んだからです。
だからこの話も、ヴィクターや公爵家の人間から聞かされたのでしょう。
各方面に圧力をかけて独占できる体制を作っただけなのに、任されたとは都合の良い解釈です。
しかしこの口ぶりから察するに、クラリスとその背後にいる公爵家はフェアチャイルド商会が扱う砂糖の原料についての情報は入手していないようです。
「証拠がない以上、貴女の発言は憶測に過ぎないかと思いますが」
「やっぱり! 王弟殿下を味方に引き入れて、誰も王族に面と向かって批判できないからって余裕なんですね!」
証拠について言及したら、話を逸らされました。
「ふむ……」
ここは肯定も否定も必要ないでしょう。
私はともかくブランドン殿下まで悪者のように扱われるのはやはり思うところがありますが、クラリス相手に言い返しても仕方がありません。
「それにお姉さまは、砂糖の販売だけでなく製菓店を開いて公爵家お抱えの職人を引き抜いたりして……ヴィクター様を私に取られたのが悔しいからって、やりすぎです!」
「はい……?」
私が嫉妬を理由に動いているとでも思っているのでしょうか。
だとしたらつくづく、呆れたものです。
この件に限った話ではありませんが、クラリスは自分の感情を優先して、貴族としての責任を果たそうとしていない節があります。
それどころか、領民や商会の人間を無自覚に脅かそうとしています。
やはり、彼女にこの家を継がせるわけにはいきません。
「結局、貴女は私にどうして欲しいのですか?」
「今すぐ砂糖の取引をやめて、罪を認めてください!」
「何も罪がないのでそれはできない話ですね。これは商売ですから、競合相手と顧客を奪い合うのは市場の常です」
「む、難しいことを言ってごまかさないでください……!」
ごまかしているのではなく説明しているだけなのですが……言ってもあまり意味がなさそうです。
「とにかく、これ以上貴女が私に詭弁を述べても無駄ということです。無論、他の方も同様です。王弟殿下も関わる事業に口を出せる人間など多くありませんし、会う機会も滅多にないでしょうから」
余裕を示すように口にした言葉の裏には、クラリスにあることを気づかせたい意図がありました。
問題は、彼女が食いつくかどうか。
私はすました顔を作りながら、義妹の様子を窺います。
「……! だったら、王弟殿下にも意見できる方に訴え出るまでです!」
クラリスはどうやら、私の撒いた餌に食いついたようです。
何かを思いついたような顔を浮かべると、後ろに従えていたメイドに何やら指示を出しました。
「おや、どこかにお出かけですか?」
「はい! お姉さま、覚悟しておいてください!」
クラリスはそう言うと、メイドたちを置き去りにする勢いで足早に私の横を通り抜けて去っていきました。
私はその後ろ姿を見送りながら、思います。
この程度の罠、侯爵家の人間として他人と交渉する術を学んでいたら安易に飛びつかなかったのに。
私は今まで、義妹のクラリスに関して基本的には無関心でした。
私と対照的に何も学ぼうとしなかったクラリスの姿勢はいかがなものかと思ったことはありますが、私とは侯爵家の娘となった経緯が違うのは事実です。
血の繋がりがない上に、我が物顔で侯爵邸を占拠し、財産を浪費する継母とその娘であるクラリスに、愛着を持つのは難しかった部分は大きいです。
常に商会の仕事に携わっていた私は関わる機会がなかったこともあり、彼女たちは侯爵家に迷惑がかからない範囲で好きにしていればいい……程度の認識でいました。
しかし、侯爵家を他所の家に売り渡すような愚行に及んでいる以上、看過できません。
「仮にも家族である義妹と継母に対して、侯爵家を二度と脅かすことのできない状態にしてしまおう……なんて考えてしまう私は、やはり冷たいのでしょうか」
私は隣に控えるリナに、そんなことを呟きます。
「お嬢様を家族として尊重してこなかったのは、あの人たちの方です。あの人たちはこの屋敷にやってきてからやったことは、財産を浪費することと、お嬢様がこの屋敷で孤立するよう色々と手を回したことくらいじゃないですか!」
「言われてみれば、そうだったかもしれませんね。リナや商会の方々がいたおかげで、私が孤立するようなことはありませんでしたが」
「もちろんです! 私やフェアチャイルド商会の皆は、キャロラインお嬢様のことが大好きですからね!」
リナは無邪気に笑いながら言います。
私に仕える存在でありながら、友人のような距離感で接してくるリナ。
私を信頼し、慕ってどんな冒険的な事業を始めた時でも、常に付き従ってくれた商会の従業員たち。
彼らには、いつも心を救われてきました。
彼らに恩返しをするためなら、私の評判が多少傷つくことくらい、痛くも痒くもありません。
◇◇◇◇◇
久々の更新となってしまいすみません。
今後もちょくちょく更新していきますのでよろしくお願いします!
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