第8話 王弟殿下のお誘い
「ここまでは、キャロライン嬢の思惑通りかな」
予定通りブランドン殿下がフェアチャイルド商会の本社を訪ねてきました。
私たちは執務室にある応接用のソファーに座って、向き合っています。
「そうですね。製菓店を開く準備の方も着々と進んでいます」
「次期商会長としての手腕を見事に発揮しているね。これは侯爵家の後継者も決まりかな」
「そうとは限りません。商会での実績だけで決着がつくなら、アドニス公爵家が介入する余地はありませんでしたから」
「それもそうだ」
ブランドン殿下はうなずくと、テーブルに置かれた茶菓子を一つ口に運びます。
「この味なら商品として人気が出そうだ」などと呟いてから、話を続けます。
「ところで。公爵家に対抗する事業を立ち上げはしたまでは良いが、直接的に後継者争いを有利に進めるための行動は起こしていないように見えるけど、問題ないのかな」
「はい。私の予想だと、近い内に向こうから仕掛けてきます」
私のはっきりとした口調を聞いて、ブランドン殿下は小さく笑います。
「随分と確信を持った予想に聞こえるけど……もしかして、ただの予想ではない根拠が?」
「まあ、そうですね。彼らなりに、こちらの秘密を探ろうとしているようですので、恣意的な情報を私にとって都合の良い人物にだけお伝えしています」
「ふむ、何か策を用意しているということかな」
「私が期待した通りに彼らが動いてくれるなら、今度のパーティーで勝手に自滅してくれるかと」
そう。
私はただ、公爵家の利益を奪う事業を立ち上げるだけで済ませるつもりはもちろんありません。
私はフェアチャイルド侯爵家の後継者としての地位を確立するために、最も確実な手段を取ると決めていました。
「今度のパーティーって……王宮に隣国の王族を招いて開く歓迎パーティーのことかい? いくらキャロライン嬢でも、国賓のいる場を荒らされると困るのだが」
「おや、人聞きが悪いですね。場を荒らす者がいるのだとしたら、それは私ではありません」
「その者とはまさか、君の元婚約者と妹のことかな」
「ご想像にお任せします」
「案外、容赦がないな」
「領民を守るために全力を尽くす。それが貴族の務めであると考えていますから」
私がそう言うと、ブランドン殿下はどこか嬉しそうに目を細めました。
「つくづく君は、貴族の模範となるような女性だな」
「そうですか? 殿下にそう言っていただけると光栄です」
私が感謝を込めて笑顔で返したら、ブランドン殿下はなぜか目を逸らしました。
「まったく、君という人は……」
「私が、なんでしょう……?」
「気にしなくて良い。それよりも、今日はキャロライン嬢に用があって来たんだ。あまりゆっくりしている時間もないだろうし、本題に入らせてくれ」
「用ですか? 事業の進捗報告ではなく?」
「ああ。今度のパーティーで何かを仕掛けるつもりなら、当然出席はするんだろう?」
「そうですね、出席はするつもりです」
私がうなずくと、ブランドン殿下は頬を綻ばせます。
しかし殿下はすぐに表情を引き締めて、言いました。
「そういうことなら、キャロライン嬢。君をエスコートする栄誉を私にくれないかな」
ブランドン殿下はそんなことを言いながら、熱っぽい視線で私を真っ直ぐと見つめてきます。
その瞬間、私は体温が急上昇するのを感じました。
殿下の視線のせいだ……そう分かっていても、目を逸らすことができません。
頭の中に、新聞の記事や噂話で聞いたようなことが、ふと思い浮かんできます。
私とブランドン殿下が、男女として親密な関係にあるという噂について。
別に私は、そんなつもりで近づいたわけではありません。
ですが、共同事業者としてブランドン殿下との関係が良好であることを示すためにも、この誘いは断るべきではないことは分かります。
「そう、ですね……せっかくですから、お願いいたします」
「ありがとう。足繁く通った甲斐があったかな」
私が了承すると、殿下はとても嬉しそうにしていました。
その姿を見ていると、ますます体が熱くなります。
これ以上はもう、耐えられません。
「あ、その……次の予定のために出かける必要があるので、そろそろ……」
「うん? そうか、そういうことなら失礼しようかな。事業の件は引き続き頑張ってくれ」
ブランドン殿下はそう言って立ち上がりました。
その爽やかな笑顔に、少しだけ申し訳なさを感じてしまいます。
予定があるのは事実ですが、逃げ出す理由に使ってしまった気がします。
その後、私はブランドン殿下を見送ってから、思います。
私はどうして、人から噂される関係であることを否定したがるんだろう、と。
婚約破棄されたばかりで別の男性とくっつくなんて世間体が悪いから……でしょうか。
ですが、囃し立てているのは世間の方です。
それに、男女の関係なんて、結局は本人の気持ちの問題でもあります。
では、噂されていることについて、私自身の気持ちはどうなんでしょう。
別に、嫌ではありません。
むしろ。
むしろ……なんでしょう?
自問してみましたが、はっきりとした答えは出てきません。
喉まで出かかっているのに、出てこない。
そんなモヤモヤとした感覚を覚えながら、私はこの後の予定のために、商会の本社から出かける支度をするのでした。
◇◇◇◇◇
お待たせしてしまいすみません。
次回はもう少し早く更新できるようにします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます