留守番電話にでますか?

ろくろわ

ご用件のある方はピーという発信音の後に


 今日遅くなった。

 いや違うな、今日遅くなった。だな。


 安い自宅アパートの明かりは既に消えており、明かりは街灯一つだけがチカチカと小さく照らしているだけだ。

 僕は外階段を上り、二階の自分の部屋を目指す。

 古くて少し錆び付いた鉄の階段が、小さくカンカンと足音を奏でる。

 階段を上り終えるとそのまま突き当たりまで進む。

 二階奥の角部屋が僕の部屋だ。

 鞄を漁り鍵を探しているときだった。家の中から留守番電話に切り替わる音が聞こえた。


【只今、留守にしております。御用件のある方はピーという発信音の後に御用件をお話しください。ピー】

「もしもし。たかし、聞いてる??留守番電話を聞いたら直ぐに電話頂戴。お父さんが事故に遭って大変なの」



 僕は突然の事に玄関の前で鍵を落とした。



 僕の部屋には固定電話なんて無い。

 留守番電話になんてなるはずがないのだ。

 立ち尽くす僕の事など気にせず再び電子音が響く。


【只今、留守にしております。御用件のある方はピーという発信音の後に御用件をお話しください。ピー】

「そうそう、たかし。一人暮らしのあんたが心配だから留守番付きの固定電話買っておいたから。」


【只今、留守にしております。御用件のある方はピーという発信音の後に御用件をお話しください。ピー】

「たかし。お父さん、大丈夫だったみたい。痛くないって言ってるよ。今度顔を見せにおいで」


【只今、留守にしております。御用件のある方はピーという発信音の後に御用件をお話しください。ピー】

「たかし。お母さんもあんたの事心配だからたまには早く帰ってきなさい。仕事は無理していないかい?ご飯はちゃんと食べるんだよ」


【只今、留守にしております。御用件のある方はピーという発信音の後に御用件をお話しください。ピー】

「たかし。最近会えないからお父さんもお母さんも少し寂しいです」


 僕は落ちた鍵を拾うと家に入らず、友達の家を目指した。

 今日はこの家に帰れない。でもこの不思議な留守番電話を僕は怖いと思わなかった。



 

 僕の両親は昔、事故で亡くなっていて、もう二度と聞くことの無い母の声が聞けたことが嬉しかった。


 明日は仕事を休もう。

 僕は働きすぎだ。

 そうだ、お墓参りにも行こう。きっと父も母も喜ぶだろう。


 僕は重く疲れた体を動かし友達の家を目指した。だけど母からの励ましと受け取った僕の心は軽かった。


 ただ一つだけ気になる事があるんだよなぁ。

 僕の名前はただしなんだけどなぁ。




【ガチャ。只今、留守にしております。御用件のある方はピーという発信音の後に御用件をお話しください。ピー】

「たかし。お父さんと明日迎えに行くね」




 了






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