サンタクラッシュ
渡貫とゐち
セキュリティvsサンタクロース
でっけえ家だった。
十二月二十五日――、世間は当然、クリスマスだ。
白い袋を担いだ赤い姿のサンタクロース……、数年前までは『おじいさん』の印象が強かったが、今だと、おじいさんだとしても見た目の若々しさから、あまりおじいさんとは言われなくなっている――サンタクロースは『赤い人』というイメージらしい。
一応、サンタクロースの中には女性もいるのだが、そのイメージはまだ世間には根付いていなかった……、女性進出も視野に入れるべきだな。
ただ、力仕事が主になるから、女性からすればきついんじゃないか……? 子供の警戒心を解くことに長けている女性だが、しかしこの仕事は、子供にばれてはいけないのだ。
顔を合わせてはならない。
見つかってはならない……、興味心で夜遅くまで起きている子供にも、だ。
まったく……睡眠玉を部屋に投げ込むこっちの気持ちも考えてくれ……。
素直に寝てくれる子供が少ないのが、近年の困りごとである。
「さて――」
目標の家を見つけた。
ここが、今年、担当した俺の、最後の家になる……。
正直なところ、後回しどころかいきたくなかったが、いかないわけにもいかない。プレゼントを持ってしまった以上、これを届けるのが俺の役目であり――、一年の集大成、仕事である。
「でっけえ家だから、隙間の一つや二つあるかもと思ったが……ねえな。
徹底したセキュリティで、マジでネズミの一匹も家に入れないつもりかよ」
ネズミどころか虫の一匹さえ……。
昼間の下調べ(下調べをしてくれる委託会社の報告書からなので、現場で見たわけではない……、現場に着いたのは今が初めてだ)によると、部屋に入ると消毒するため、虫一匹も入れないというのは現実味がある。
虫以上に、殺菌されてしまっているから……菌ですら入れない。
そんなところに、サンタクロースが入れるのか?
「ねえ、モタモタしてると、日が昇るよー?」
と、ソリの上で寝転び、
サイズの小さい服のせいか、お腹を見せてくつろいでいるのは――トナカイだ。
動物の姿、ではなく。
今は人間の姿だった。
金髪で(地毛なんだっけ?)、手慣れた濃いメイクで、夜通し知らない誰かと踊っていそうなメスである。……抵抗があるだろうが、こんな見た目でも、こいつはトナカイの姿が本当である。なので女子ではなく、メスで合っているのだ。
俺がろくでもない男なのではない……決して。
「……侵入方法、お前は分かるか?」
「状況は?」
「真っ白な立方体の家だ。しかし、大きさは普通の一軒家、三軒分はある……。数か所に窓があるが、当然、鍵はかかっているし、凹凸のない外壁だ、穴の一つも見当たらないな。
未来的なデザインだが、見慣れないせいだろうけど、家って感じがしないんだよな……」
この家を縦にぐんと伸ばせば、ビルになるだろう。
今の段階でも、三階建て相当だが……。
もちろん、景観を損ねるため、煙突もあるわけがない。
まあ、煙突なんて十年ほど前からないから、侵入方法は窓や地下だったりするのだが……。
この家の場合、地下にも伸びているらしく、掘ってすぐに、家の真下へ辿り着けるわけではない。時間がかかる……、そうこうしている内に、日が昇るだろう……。
子供が起きる時間になってしまう。
「いっそのこと、セキュリティシステムを作動させた上で、ドタバタしている間に、プレゼントを置いてくれば? 見つからずに置いておくことが重要なのであって、静かにそっと置いていく必要はないわけじゃん」
「サンタクロースのイメージを壊すつもりかよ。侵入の痕跡を残さずにプレゼントを置いていくのが、サンタクロースの役目だ。
どうやって侵入してんの!? なんて話題に上がる存在でい続ける――それは毎年、先輩を始め、守ってきていることなんだよ」
「ふーん。でも、毎年毎年、鍵を壊して、即席で直してるわけじゃん。
歪な形で直ってる、って痕跡は残しているわけだけど、いいの?」
「細かいことはいいんだよ」
むすう、と、不満顔のトナカイだ。
変化が解けて、頭の角が少しだけ伸びてるぞ……しまっておけよ。
「これ以上モタモタするなら、あんたを角に引っ掛けて壁にぶち当ててあげるから」
「それで壊れるのは俺の方なんだよ……。あと、だから音を立てるなって言っただろ。
静かにそっとプレゼントを置くのがサンタクロースの役目なんだっつの!」
「だからぁ! もう無理でしょ!! 窓がダメ、地下もダメ、たぶん傷をつければ一発で警報が鳴るタイプの家よこれ。
静かに届けるのがサンタクロースの役目なのは分かったけど、このままじゃプレゼントを届けることさえできないわよ。やり方にこだわってる余裕があるの? プレゼントがなくて泣く子供を作るのが、サンタクロースの役目なのかしらねえ?」
「う、それは……」
「なにを最優先にするか、よおく考えなさい。セキュリティを突破できないなら、ぶち壊してしまえばいい。さっき言った方法が確実よ。あえて警報を鳴らして、ドタバタしている内にプレゼントを届ける……――置く時にそっと置けば、同じことじゃない?」
「同じなわけあるかよ。でも、確かに……」
このままプレゼントが届かない、というのは最も避けるべきことだ。
届けるために、完璧を崩す。
多少の警報は仕方なし、か……。
というか、ここまでガッチガチにセキュリティを仕込む親も悪いだろ……、泥棒対策とは言え、サンタクロースまで弾くのは、やり過ぎだ。
「まあ、目的どうあれ、やってることは泥棒と一緒だしね」
与えるか、奪うかの違いか……大違いじゃねえか。
「……ふう、覚悟を決めるか。
そろそろ、時間的に、本当にやばい。日も昇り始めてるし……」
「どうする? あたしが元の姿で壁をぶっ壊す?」
「いや……、それは派手過ぎるから……
意外と壁に爪を立てるだけで、警報なんてすぐに鳴るんじゃないか?」
と、そんな風に作戦会議をしている時だった。
「……まだやってるの?」
と、背後から声が聞こえ、振り向けば……俺と同じく、赤い服を着た同級生がいた。
実際は年下なのだが……、まあ、入った年が同じなのだ、同い年でなくとも同期である。
彼女のトナカイが、後ろで大あくびをしていた(動物の姿である)。
どうやら自分の仕事を終え、事務所に戻る途中らしい。
「まあ……ちょっと問題がな」
「ああ、セキュリティが厳しい家へのプレゼント? ……もしかして警報を鳴らして、どさくさに紛れて、プレゼントを置こうとしてる?
そんなことしなくても、簡単に届けられる方法があるでしょ――聞いてなかったの?」
聞いていなかった?
朝礼でなにか言っていたっけ……?
「聞いてないなら、連絡の不備かもね。原則、子供の枕元に届けるんだけど、家によっては置いておくだけでいいのよ――ほら貸して」
プレゼントを手に取った彼女が、玄関扉の前にプレゼントを置いた。
そして、
「はい、完了。これで今年のお仕事はおしまいでしょ?」
「は? ……こんな簡単なことで……?」
「この家、特徴的な見た目だから、私も覚えてたの。
他人の担当地区の家なんて、覚える余裕なんかないんだけど……印象が強いこの家はね……。で、リストの備考欄のところに、『玄関扉の前に置き配可能』って書いてあったから……。あんたの端末には、もしかしたらまだ更新されていないのかも」
確認してみると、
「……いや、書いてあった……」
「じゃあ、あんたの見落としじゃん」
「いや、でもよ!? 小っちゃく書いてあるだけだぞ!? もっと赤字で書くとか、『要注意!』みたいに注目させる工夫というかさあ!! こんなの分かるかッ!!」
「困った時は隅々までよく見なさい……勉強になったでしょ?」
それは、まあな……。
これでもう、来年から悩むことはないだろう。
「早くいきましょ。目を覚ました親御さんが、プレゼントを取りに外に出てくるかもしれないし……、ここでばったりと出会ったら嫌でしょ?」
「でもよ……これ、通りすがりの人に盗られたりしないのか……?」
すると、彼女が言った。
冬だからか、冷たい一言だった。
「それは知らないよ。嫌ならセキュリティを甘くして、侵入させろって話じゃん。そっちから指定しておいて、盗まれたら文句を言われる? そこまで面倒見れないわ――プレゼントの中身は知っているんだから、嫌なら自分で買って、枕元に置いておけばいいのよ」
「いや、それをされたら、俺たちの仕事がなくなるぞ……?」
「よく考えて。一年に一度だけの仕事よ……、もう『ない』ようなものじゃない?」
―― 完 ――
サンタクラッシュ 渡貫とゐち @josho
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