小春川情死
雨地草太郎
小春川情死
手紙の始め方をよく知りません。
拝啓、○○様と書くべきでしょうか。
わからないまま進めますが、
この手紙は明日、知らない学生さんあたりにお金を渡して託すつもりです。三日後にポストに入れてくださいと。
なんでそんな面倒なことをすると思いますか?
明日、私が自殺するからです。
あなたがこれを読んでいる今頃には、
夏月ちゃんも首をかしげている頃でしょうか。
私の余命はあと一年。放っておいても死ぬのに、なんで自殺なんてと。
お医者さんに宣告された時、延命治療をするか、残された時間を自由に生きるかを考えて、自由を選んだことは夏月ちゃんにも伝えました。まだ歩けるうちに、一日でも多くあの河原を散歩したかったから。
あなたがもしその話を誰かにしたのであれば、聞いた人は、河原で私と英太郎さんが出会ったのだと想像するかもしれません。違うんですけどね。
ところで、妹の
よく挙動不審になる子だから、私のお葬式の時が不安です。
雪奈は小さい頃からおどおどしてばかりで、いつも私の陰に隠れていました。いたずら好きな男子にちょっかいをかけられて、私が追い払ったことを思い出します。夏月ちゃんと三人の時も多かったですね。
雪奈は今、恋をしています。
あの子が定食屋でアルバイトしているのをご存じですか。赤川製鉄という工場の横にある、小さなお店です。
料理は得意だけど、お客さんのところに持っていくのが苦手だと言っていました。特にお昼は荒っぽい言葉づかいをする人たちがたくさん来るようです。
でも、中にはすごく礼儀正しい人もいるらしく、
毎回、お膳をわざわざカウンターのところまで運んできて、ふかぶか頭を下げて「ごちそうさまでした」とあいさつしていくんだとか。色んなメンバーと来るらしいですが、相手に合わせるのがとにかくうまいようです。
よくしゃべる人なら、適度にあいづちを入れながら聞く。物静かな人なら自分の方から話題を出す。大勢の時は、話が切れそうになるタイミングで意見を言う。
雪奈は熱く語っていましたが、とても落ち着いた人のようです。そもそも、あの子が夢中になって異性の話をすること自体、今までになかったことでした。
好きなの? ときいてみたら、恥ずかしそうにうなずきました。
聞いていると、あの子がほれるのもわかるなあって思います。
臆病だから、自分を理解してくれそうな人に惹かれるんですね、きっと。
お察しかと思いますが、雪奈は自分から声をかける勇気が出せないようです。学生時代にいじめを経験しているので、異性同性以前に人間関係の作り方がわからないんです。宗春さんの周りの人たちに冷やかされるのを恐れている部分もあるでしょう。
私は、そんな妹を放っておけませんでした。
我が家は母子家庭です。私がお母さんと山ほどケンカして、病気が見つかるまでは家から離れていたことも夏月ちゃんは知っていますよね。
今さら溝って埋まらないもので、余命わずかとわかっても、お母さんは冷たいままです。私のやることに口出ししてきたりはしないので、これを利用しない手はありません。
私は工場の近くで待ち伏せして、宗春さんを追いかけてみました。あの人の家と会社が近くて、徒歩通勤なのはありがたかったです。
家の様子を何度か探ったところ、英太郎さんというお兄さんがいることがわかりました。金遣いが荒い兄らしく、一向に貯金ができないことについて二人が口論しているのを窓越しに聞いたこともあります。
お願いだからもう出ていってくれよ、と宗春さんが泣きそうな声で言っているのも聞いてしまいました。どうやら我が家とは違う方向に崩れた家庭のようでした。
英太郎さんは自転車で、街の南にある建設会社へ働きに行っています。通勤ルートは、私の好きなあの川沿いの道。
私はすぐ決断しました。
どうせもう死ぬんだから、この命は妹のために使おうって。
私は明日、こうするつもりです。
夜、帰宅途中の英太郎さんに突撃します。文字通りの意味ですよ。自転車に乗っている相手なら体当たりでイチコロです。
転んだ英太郎さんには睡眠薬を飲ませます。今の睡眠薬って、大量に飲んでも自殺できないように工夫されているらしいですね。だけど、私が家で見つけたのはかなり古いタイプのものだからきっと大丈夫。
英太郎さんを眠らせたら、河原の斜面に引っ張っていきます。彼の手に薬のビンを握らせ、手をつないで私も同じ薬を飲みます。これで、誰がどう見ても心中したように映るはずです。
世間の見方はたぶんこう。
彼女の余命わずかなことに絶望した彼氏が心中を迫った。
こうすれば、雪奈と宗春さんは直接お話せざるを得ない状況になりますよね。
しかもみんな、英太郎さん主導の心中と見るから、宗春さんは雪奈に負い目を感じるはず。あとはあの子の努力次第で関係を発展させられるんです。
私と英太郎さんがいつ知り合ったのか、つきあっていたのか、みんな不思議に思うでしょう。
当然です。
だってなんの関係もないんですから。
彼には何をしたところで償えません。どんなに申し訳ありませんと言ったところでむなしいだけ。私は全部抱えて、地獄に落ちていくつもりです。
なぜこの話を夏月ちゃんに打ち明けるのかというと、ここまでやっても雪奈が動けない可能性があるからです。
あなたは私の幼なじみで一番の親友で、雪奈とも仲がいい。
だから、もしあの子が足踏みしていたら、背中を押してあげてください。
夏月ちゃんならこの秘密を守って協力してくれると信じています。
私は雪奈が大好き。愛しています。
たった一人の、かけがえのない妹です。
あの子は近所の子供たちにいじめられ、中学高校でもいじめにあいました。家では私とお母さんがいつも言い合いをしていたせいで、長らく人づきあいを恐れていました。
そんな雪奈が初めて人を好きになった。
このチャンスを逃してほしくない。
そのために、私は人の道に外れたことをします。
私は許されなくていい。雪奈さえ幸せになってくれれば。
だから夏月ちゃん、どうか、雪奈のことをよろしくお願いします。愚かな姉の、最後のわがままをお許しください。
小春川情死 雨地草太郎 @amachi
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