第13話 夢の中の悪女

 伯爵の部屋を後にし移動するとイザベラの部屋にも鍵がかかっていた。同じくロキの魔法ですんなり部屋に入ると先ほどのビビアナの部屋とは大いに異なり主がいないにも関わらず、綺麗に部屋の掃除が行き届いている様子だった。


 しかしあまり使用されていない椅子やベッドを見る限り、掃除はされているが部屋の主はあまりこの別荘に遊びにきていないように感じられた。


「荷物もあまり置いていってないみたいね」


 こじんまりとした雰囲気だったが壁には家族写真が入った額縁がいくつか飾られていた。しかし一つだけ明らかに故意的に伏せられているものがあった。他のものは普通に飾ってあるのに何故これだけが伏せられているのか。


 私はその額縁をひっくり返してみた。そこにはジェシカの記憶で見たイザベラの姿よりも若い姿、まだ20代くらいだろうか? そしてその隣には同じく若かりし頃のバルド伯爵の姿。そしてもう一人、見たこともない少女が二人の間に写っていた。少女は燃えるような赤い髪色に合わせるかのように赤いワンピースを着ていた。


 あれ? この赤いワンピース、どこかで見た気が……


「エレナ! この子! この着ているワンピース! さっきの部屋にあったやつとそっくりだよ!」


 ロキに言われてまじまじと見てみると確かに先ほど部屋に脱ぎ捨てられていたワンピースと同じものだ。と言うことはこの子がビビアナ? 写真に映る彼女は7歳くらいに見えた。


「確か……日記にはお父さんは本当の子供みたいに可愛がってくれる……もうすぐ弟ができるって……つまりこの子はイザベラ伯爵夫人の連れ子ってことかしら……?」


「うん。その可能性は高いと思う」


 日記をみる限り、ビビアナは謎の病にかかっていたのだろうか? 血を吐きながらも日記をひたすら書いていたのだろうか? 薬を飲んだけれど全然効かなくて……


「あれ……ビビアナとジェシカって……」


 似ている。確かジェシカもイザベラに薬を飲まされていた。ビビアナも伯爵から薬を貰っていたと書いてある。それが同じ薬かは断定できない。けれどジェシカは薬を飲むと胸が苦しいって。ビビアナの日記にも最近胸が苦しいって……。あれ……? ジェシカの最後は血を吐いていた、ビビアナも血が止まらないって……普通ここまで症状が似る?……まさか––––


「二人は同じ方法で殺害された?」


 私はまた思ったことをそのまま口にした。ロキはその言葉に目を見開いた。


「……一応アデクの部屋も見てみましょう」


 せめてジェシカを愛していた彼だけは何も出てこないことを祈るばかりね……。そんなことを思いながら私達は早々にイザベラの部屋を立ち去った。そしてその願いが届いたのかアデクの部屋だけはいくら調べても何一つ手掛かりのようなものは見つからなかった。


 あっという間に日が沈み、そろそろ伯爵達も屋敷に戻る頃だろう。今日の調査はこれにて撤退することにした。


 私は静かに自分の自室に戻るとロキをベットの隅にそっと乗せ、自分もそのまま倒れ込んだ。すると––––


「あ、れ?」


 急に体が思うように動かなくなった。疲れすぎたのだろうか? それとも部屋に戻って緊張の糸が切れた? どちらにせよなんだかすごく眠い……


「エレナ、大丈夫?」


 ロキの声が聞こえたがすでに返事する気力はなかった。そういえばこんなに長い時間ジェシカの姿でいるのは初めてかもしれない。もしかしてこの疲れの原因はそれが理由なのかな? 私はものすごい眠気に抗えずそのまま意識を手放した。


「……魔力切れかな?」


 ポンっと白い煙に包まれてロキは元の人間の姿へと戻った。隣ですぅすぅと寝息を立てている愛しい人を見て静かに笑った。


「修行した僕だって訓練しないとずっと変身していられないのに、君はすごいな」


 幸せそうに眠るジェシカ。勿論中身はエレナなのだがこうして見ているとジェシカがまだ生きているように感じた。


「皮肉だよね。もっと早く君達に会いに行けばよかった」


 自分が強くなることに必死でいつでも会えると思っていた。ジェシカを迎えにいくのもエレナを迎えにいくのも全然遅くて間に合わなくて。ジェシカはいつの間にかアデクに取られちゃって、エレナは下手したら盗賊達に弄ばれていた……! あの日出会った出来事を思い出し、気分が悪くなった。


「ジェシカ、必ず僕達が君の仇を取るからね。エレナのことは絶対守ってみせる!」


 ロキは隣で眠る妹の顔を見て誓いをたて、そっと唇に手をふれ紅を拭った。魔法が解け一瞬でエレナは元の姿に戻った。


「おやすみ。僕の愛しい人」









––––夢を見たの。


『エレナお姉様』


 この声……ジェシカ……?


 暗い闇の中で聞こえる声は鈴のように愛らしく、凛としていた。私は声のする方向へ走った。走って走って走って走って途中転んでも走り続けた。ただひたすら妹に会いたくて。ジェシカ! ジェシカはどこ?


『エレナお姉様』


 あぁ……ジェシカ、目の前にいるのは確かにジェシカだわ! これはきっと幸せな夢だ。私はジェシカに駆け寄りすぐさま抱きしめた。彼女がいなくなって1年、その空白の間を埋めるかのように熱く強く抱きしめた。


『お姉様、大好き』


「私、私もよ。ジェシカ」


 愛しくてすりすりと頬擦りをした。彼女の美しい髪をひたすら撫でた。


「ごめんなさい。私貴方の手紙を見て唯一異変に気づけたはずなのに、会いにいってあげられなくて……ずっと、一人で寂しかったよね」


 醜い私が貴族に受け入れられるわけがなく、彼女の姉を名乗るなんて烏滸がましいと思っていた。勇気を出して街に出てアメストス家に訪問して拒絶されるのが怖かった。私は全然強い姉じゃなかった。弱くて醜くてただ必死で貴方達の前では良い姉でいたくて虚勢を張っていただけ……


『そんなことないです。ジェシカのために勇気を出してここまで来てくれました、私の願いを叶えてくれようとしました』


「ジェシカ……」


『私、もっともっとお姉様と一緒にいたかった、ロキと……お兄様と一緒にいたかった、アデク様と……もっと……』


 大粒の涙が頬をつたい、ジェシカの顔がぐちゃぐちゃに歪んだ。嗚咽が混じり、続きの言葉はそっと消え失せた。


『私、悔しい……、絶対、絶対許さないんだから……例え、亡霊になったとしても絶対許さない!!』


「ジェシカ!!!」


 二人の間に一陣の風が吹いた。あまりの強風に思わずジェシカと体が離れ離れになる。


『お姉様、どうかアメストスの秘密を暴いて!!』


「ジェシカ!」


『死んだものに報復され絶望を味わうがいい!! 私はジェシカ! アメストスを呪い続ける悪女よ!』


 ジェシカは真っ暗な闇に取り込まれ、やがて……目の前から消えた。

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殺された私の妹は、亡霊悪女としてもう一度この世に蘇る 蝶々ここあ @papillon_cocoa

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