第12話 とある少女の日記

 先程、伯爵本人から聞いた話だがどうやらこの別荘には今、バルド伯爵、息子のアデク、使用人のマーラ。そしてまだ会ってはいないが炭鉱作業のお手伝いとして住み込みの男が二人。つまり私達を抜いて5人いるとのことだった。


 炭鉱作業をしていると聞いていたからてっきりもっと大人数を集めているかと思ったが私有地を荒らされたくないという理由で伯爵自ら発掘作業を、そして残りの男二人には鉱山に立ち入ることは許しておらず、瓦礫や石ころの撤去作業をさせているという。


 男二人は発掘場でお弁当を差し入れたと聞いたのでつまり今屋敷には使用人のマーラしかいないはず。私は軽食をいただいた皿を返すためにマーラに会うと聞けばこれから夕飯の支度に入るという。彼女も特別なことがない限りキッチンを動くことはなさそうだ。調べる絶好のチャンス到来だ。


 私はまず伯爵の自室を探した。幸い扉の前にネームプレートがかかっていたので部屋自体見つけるのは容易かった。しかし妙な点に気がついた。ネームプレートが四つあるのだ。そのプレートの名前はこうだ。バルド、イライザ、アデク、ここまでの三人はわかる、そして問題の四つ目これは名前が黒く塗りつぶされてて文字が読めない。


 でも普通に考えて妙だ。ネームプレートがあると言うことは家族、または親戚の名前か? それを黒く塗りつぶしてると言うことは絶縁をしている、という意味なのか。ならばプレートごと捨ててしまえばいい話な気がするが……


 私は妙にその部屋が気になり、ドアノブに手をかけてみた。しかし鍵がかけられているのか扉はビクともしなかった。


「他の部屋を探すしかないわね……」


「待って、僕に任せて」


 ロキはひょっこりと鞄から顔を出し、何やら呪文を唱えたと思ったら次の瞬間カチンと小さく音がして扉が開いた。私達は意を決して中へと入った。随分長い間掃除されていないのか埃だらけだった。そして驚くことに部屋の主の持ち物はほとんど手付かずのまま置き去りにされていた。


 小さいクマのぬいぐるみ、赤い子供用のワンピース、古臭い便箋、割れたティーカップ、旅行用の鞄


「子供部屋かしら?」


 置かれている調度品を見る限りここの部屋の主人は幼い少女のようだった。私は机の中から日記帳を見つけたので開いてみた。


【今日はお父様が別荘に連れてきてくれたの。嬉しい。ビビアナのこと本当の子供のように愛してくれてるのだわ】


【お父様が私に美味しいジュースをくれたの。それを飲んだらお母様に怒られたわ。どうしてかしら?】


【聞いて。素敵なニュースよ。私に弟ができるの。嬉しい。】


【最近、胸が苦しいの。どうしてかしら? 薬もちゃんと飲んでいるはずなのに】


【おかしい。何かがおかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい】


【苦しいの。血が止まらない。助けて、助けてお父様、もっともっと薬を】


【違う。も●かして、お●様が––私のことを●●●うとして●?】


 日記はここまでだった。


「何……これ」


 最後のページだけインクの色が赤だった。●の部分は大粒の血がボタボタと垂れ落ちたかのような汚れ具合だった……まさか最後は自分の血で書いた……とかじゃないわよね?


「ビビアナ、それがこの部屋の持ち主の名前なのね……」


 この日記……どう見ても只事じゃない。もしかしてアメストス家には何か重大な秘密があるのだろうか……?


「エレナ、伯爵の部屋を調べてみよう」


 ロキに促され、私はビビアナの日記だけを持ち部屋を後にした。鍵は入ったことがバレると危ないのでちゃんと元通りに閉めた。


 次に伯爵の部屋を調べた。綺麗に書類が整理され、書斎にはご丁寧に鍵がかかっている。先ほどと同じようにロキに鍵を開けてもらうと中からは皇帝陛下の家臣とやりとりをしている手紙や送り返されてきた手紙が出てきた。


【親愛なる皇帝陛下。我が一族の誇りにかけて必ずやご献上して見せましょう】


【御託はいい、我が国の式典まで期限は後一ヶ月だ。貴様がホラ吹きでないことを心から祈ろう、とのお言葉だ。謹んで行動せよ】


 このやりとりを見る限り、街で噂になっていたことは本当らしい。ジェシカの記憶の欠片でもアデクは自分の父親が皇帝陛下と約束をしていると言っていたし……


「もしこのまま皇帝陛下に献上する宝石が見つからないとすると、どうなるのかしら?」


 私は思わず思ったことを口に出してしまっていた。ロキはひょこっとカバンから顔を出しその問いに答えた。


「そりゃあ下手したら家名を失うだろうね。式典につける予定の宝石が届かないんじゃ王族に恥をかかせることになるからね」


「……確かアメストス家って20年くらい前に今の爵位を頂いたのよね? 確かその時も世にも珍しい宝石を王族に献上して讃えられたって聞いたわ……」


 ジェシカがアメストス家に嫁ぐと聞いて私はちゃんとした家柄なのか調べ尽くしていた。その時初めて知ったのだ。元はただの貧乏男爵家でたった一つ自分の土地から世にも珍しい宝石を見つけ、それを王族に献上した功績を讃えて今の地位にのし上がってきた。世の中ではまさに夢のようなサクセスストーリーだと言われていた。


今回も同じようにまた宝石を献上し、さらなる上の爵位を求めていると言うことだろうか? もし、伯爵が爵位に興味がなくてこんな辺境の地に何ヶ月も滞在することなく、ジェシカの傍にいたらイザベラ夫人も無闇に手を出さなかったのではないだろうか? もし伯爵がアデクを別荘に呼びつけさえしなければ最悪の事態は免れたのだろうか……


「馬鹿みたい……ジェシカを放っておいたから彼女は誰かの手によって殺されたって言うのに……」


そんなに出世したいのだろうか? あんなにジェシカを見て自分の娘のように可愛がる癖に本当は何一つ彼女のことを見ていなかったのかもしれない•••


「エレナ……」


「大丈夫、私は大丈夫よロキ」


でもきっと私に伯爵達を責める資格もない。私だってジェシカのことを何一つわかってあげられてなかったんだから。


「次に行きましょう。別荘にはきていないけれど一番怪しいイザベラ伯爵夫人の部屋を見てみましょう」

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