ラストゲーム:■■■■■■

 ゲーム開始から三日が経った。


「暇だなあ」

「暇じゃのお」

 真っ暗な部屋でぼくたちは、時々雑談をしながら過ごす。

 ここは時間も空間も切り離された場所なので、おなかも空かなければ眠くもならない。

 すなわち、とても暇な空間だった。


「そうだ、アイ」

「なんじゃ?」

「ヒナミの爺さん、樋波尊のことを教えてよ」

「……」

 そう言うとアイはすごく嫌そうな顔をした。

 それはそうだ。自分がバラバラになった元凶なんだから。

 それでも、現状唯一の爺さんとの繋がりなので、ぼくは事あるごとに尋ねた。



 三週間が経った。

 昼も夜もない空間で三週間経ったとわかるのは、二十四時間が経つごとに壁に一本ずつ線が引かれるからだった。

 基本的にぼくもアイも、この空間に対して物理的に干渉することはできないようになっているけれど、ゲームが始まった直後に「日数はわかりたい」とぼくが要望を出したことによって、壁に印が増えていくようになっている。


 頭の中で好きな音楽アルバムを再生するのも飽きてきたころ、アイが口を開いた。

「樋波尊、アイツは強かったな」

「ヒナミの爺さんの話、してくれるの?」

「どう負けたかとかどんなゲームをしたかとかはここでは語らん。でもまあ、暇じゃからの」

 アイと爺さんが戦ったのは五十年前だ。

 つまり爺さんがぼくくらいの年齢の頃の話。

「そのころから強かったんだね」

「ああ、なんと言ってもワシが初めて負けた相手じゃからな」

 ……伝説の勝負師すぎる。

「アイって人間が生まれる遥か前から存在していたんじゃなかったっけ?」

「ああ、そうじゃ」

「凄いな。っていうかアイ、人間が誕生する前は何してたの?」

 人間がいないと、ギャンブルは生まれないんじゃないか。ぼくはふとそんなことを思った。

「いやいや、人間以外も駆け引きくらいするっちゅうに。もちろんこの時代の人間が一番いろんなことを考えていて面白いが、動物もあれでなかなか退屈せんよ」

「ふうん」

 そんなものか。

「で、ヒナミの爺さんとはどうやって出会ったの?」

「……向こうから押しかけてきた」

「向こうから?」

「当時ワシが行動を共にしていた人間のちょっとした行動から裏にいるワシの存在に気が付いて、ワシらの元に押し掛けてきたんじゃ。そんで、行動を共にしていた人間が破滅した」

 ゼロから人外の存在に辿り着くって、本当何者だよ。

「それで?」

「ワシは久しぶりに興奮しての。これだけゲームが好きなワシが自分でゲームをやらないのは、人間が自分と対等な存在じゃないからじゃ。でも、。年甲斐もなくワクワクしてしまって」

 年甲斐もなくのスケールがデカすぎる。

「負けるつもりはみじんもなかったから、アイツが自分の命をBETしたときも、それと引き換えにワシの崩壊を提示してきても、普通に飲んだ。そしたら、普通に負けたわ」

「……なるほど」

 やっぱりあの人、本当に規格外の人間だったんだ。




 一年が経ち、二年が経ち、三年が経った。


「さっちゃんもあさひさんも、本当に凄いよなあ」

 ぼくは時々こうして船での戦いを思い出す。思い出さないとなんのために戦っているのかがわからなくなるからだ。

 本当にみんな、強かった。いまだに優勝したのが信じられないくらい。

「お主は自分のことを低く見積もりすぎじゃないか?」

 アイが気休めを言ってくれる。

「そうかな。でも結局一回もさっちゃんに勝ててないよ。『チャージエンショット』では明確にさっちゃんに庇ってもらったし」

「サトリはちょっと読みの精度が高すぎる気もするが……それでも、そんなサトリやアサヒ、アマツキを抑えて優勝したんじゃ。あやつらはワシが見てきた人間の中でも相当強い。それこそ樋波尊の次くらいにはな。じゃからもっと自信を持てばいいのに」

 アイが優しい表情で言った。

 少しだけ嬉しい気持ちになったものの、「アイ、ぼくが嬉しくなって満足してギブアップするのを狙っても、そうはいかないよ。ぼくは君を、神の如き君を、きっちりと倒す」と自分を律する。

 ぼくが本当に強いかどうかは、このゲーム次第だ。

 ゲームの神のような存在、アイに勝てるか。

 ぼくの忍耐力が、そしてぼくが用意したが、が、どこまで通用するか。



 十年が経った。

 退屈。暇。アイと言葉を交わす回数も極端に減った。最後に話をしたのはいつだっただろう。

 三週間前? もしかしてもう半年くらい前かな。




 二十年が経った。

 なんで戦ってるんだっけ、と思う回数が増えて、そのたびにさっちゃんの顔を思い出す。

 船でやった自己紹介ゲームやチャージエンショット、天月さんと繰り広げた釘ゲームは、遠い過去の思い出になっている。

 どうやって勝ったんだっけ。

 ぼくは本当に優勝したんだっけ。




 三十年が経った。

 もう、大好きだったアルバムの曲順も歌詞もうまく思い出せない。


「そういえばスズ、結局お主は、最後までについては聞かなかったの。樋波尊の話はわりと早い段階で聞いてきたのに」

 サトリ。大塚沙鳥。さっちゃん。ぼくのだいすきな人。

「そう、だね。聞いてないや」

「どうしてじゃ? 恋人の過去なんて本来一番気になることだと思うんじゃが。樋波尊のことは聞いてもサトリのことは聞かないんじゃな」

 ぼくはうまく回っていないあたまで答えを作る。

 最近、あたまにもやがかかったような感じで、物事を考えるのがめんどうになってきている。

「そりゃ、本人の口からききたいからにきまってるでしょ」

 あれ? 沙鳥? さっちゃん?

 沙鳥って呼んでいたのは付き合う前だっけ?

「ふうん、そんなものか。でもお主、その様子だともうそろそろギブアップした方が良さそうに見えるが」

「ぎぶあっぷ?」

「……勝負を諦めたほうがいいじゃろ。そもそもお主、自分がなんでこんなところにいるのかは覚えているのか?」

「もちろん。アイに勝利して、さっちゃんに好きだって言ってもらうんだよ」

 改めて口に出すことで、少しだけ思考がクリアになる。

 そうだ。ぼくは勝たなきゃいけない。

 どうやって? このゲームは、相手が負けない限り勝てないのに。

 

「そういうアイはまだまだ余裕なの?」

「まあな。そもそもワシはお主の何万倍も生きておるんじゃよ。三十年くらいどうってことはないわい。目を閉じればすぐじゃ」

「……そっか」

 まだまだ、ぼくのしょうりは遠そうだった。

 目を閉じる。

 あたまにもやがかかる。






 百年が経った。

 さっちゃんのこえが思いだせない。

 顔は、からだは、しっかり思いだせるのに。




 二百年がたった。

 ごじゅうねんぶり? 百年くらい? アイが話しかけてきたけど、声がうまく出せなかった。

「ふむ、おかしいな。この世界には時間がない、つまり肉体的には二百年前と変わらないはずじゃから、声だって出せるはずなんじゃが。精神的な影響のせいか?」

 なんだかよくわからなかった。





 三びゃくねんがたった。

 さっちゃん。



 じかん。


 せんねん?


 じかん。


 ながいじかん。


 さっちゃん。


 さっちゃん?


 じかん。


 ながい、じかん。



 


「スズ」

 なにかがきこえた。

「スズよ」

 なにかがきこえた。

「スズ。久野鈴也!」

 なんだかなつかしいひびき。

「おい、久野鈴也! 聞こえておらんのか?」

 なにかのほうを向く。

「聞こえてはおるみたいじゃな。

 

 ――でももう、


 なにかがゆらりとうごく。

。もう少し定期的に話しておくべきじゃったな」 

 すこしだけ音がとぎれる。


「なあスズ。もう伝わらないと思うが、?」

 さく。策?

 策か。

 策って何だっけ。


「長い時間耐えることで、。今のお主の状態じゃな。

 そしてそうなれば、。お主、この局面が来ることを想定しておったのか?」

「……っ…………」

 なにかを話しかけられたからなにかをこたえないといけない。

 そう思ったのに、口からは空気しかでなかった。


「この未完ゲームが、どちらかが退屈や虚無に飽きてギブアップするゲームじゃなくて、だと、いつから想定しておったのじゃ?」

「…………」

「……もう、何もわからんか」

 目の前の何かは、大きく息を吐いた。



「スズ、お主は凄い。お主は自分のことを低く見積もっておるが、ちゃんと常人離れしておるよ。普通は自分の知能を吹き飛ばすなんて思いつかんし、思いついたとしてもやらん。それに、お主はワシを負かせたたった二人の人間なんじゃから」


「このゲーム中の記憶はちゃんと消しておいてやるわ。そんな廃人状態で戻られても、ワシが退屈じゃからの。そこまで想定済みか? まさかな」


「しかし、このゲームで負けたらワシは、もう人間に愛を伝えられなくなるのか。借金の帳消しや月額十万円のルールは正直どうでもいいが、それだけはちと残念じゃの。なんたってワシは人間が好きで、勝負に強い人間はもっと好きじゃからな」


「…………」


「スズ。お主は本当に強い勝負師じゃ。自信を持て。そしてワシは、そんなお主のことが」



「――――好きじゃよ」



「さて! ワシの負けじゃ。降参をする。これにて未完ゲーム終了。勝者、久野鈴也。敗者はワシ!」


 その音が聞こえた直後、視界が真っ白に染まって――――



 ラストゲーム『未完ゲーム』

 勝者・久野鈴也

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