決勝戦:釘ゲーム②

 釘ゲーム、第一セット。


 ぼくが釘打ち機を手に取って、それを眺めていると、天月さんが「これを言わないのはフェアじゃないと思ったのでお伝えしておくのですが」とぼくに呼びかけた。

「なんですか?」

「釘を打つ際は、真ん中の太い血管は避けて、できれば五センチほど開けて打ったほうがいいです。なので、大体六本くらいがマックスで打てる本数だと思ってください」

「……そんな敵の言葉が信用できると思いますか?」

「ブラフと受け取ってくださっても結構です。もちろん後遺症などを全く気にしないならそれ以上打っても構いません」

「……」

 ぼくにはその言葉の真意がわからなかった。

 心の底からそう忠告しているようにも見えたし、あえて上限本数をチラつかせているようにも見えた。

 だからこの場ではいったんそのアドバイスを頭の外へと追いやる。


 ぼくはゆっくりと青色の釘をセットした。


「ふぅ、ふぅ」

 小さく呼吸を繰り返す。


 ぼくはゆっくりと釘打ち機を構えた。


「大丈夫。大丈夫さ」


 ぼくは目を瞑って。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」





 数秒間、意識が飛んでいた。

 貫通した釘から血がポタリと落ちる。

 熱い。痛い。痛い。痛い!

 必死に手首を強く握ると、少しだけ痛みがましになったように思えた。

「あぐ……うう……うううううう……」

 冗談じゃない!

 六本が限界? 何を言っているんだ、

 それにこの痛み、ブラフなんてかけている余裕が全くないじゃないか。

「……うう、く…………」

「久野様、手番を終了されますか?」

「……ちょっと待って、ください」

 ばらばらになった思考を必死にかき集める。

 痛い。

 ぼくがいま腕に釘を打ち込んだことは確実にばれている。

 ここで手番を渡したら、向こうに二本打たれて負けだ。


 ……本当にそうか? 二本も打てるか?


 この痛みを体験したうえでもう一本打つだなんてできるだろうか。

 ――――いや。

「…………打つだろうなあ、天月さんも、さっちゃんも」

 ぼくは朦朧とする意識の中で、さっちゃんの顔を思い浮かべる。

 それだけで、ほんの少し痛みが和らいだ気がした。


「だったらぼくがやるべきことはなんだ」

 論理的に思考しよう。

 とれる選択肢は、釘を打たないか、一本打つか、二本打つかだ。

 二本打つはあり得ない。合計三本の釘を打ってしまった場合、ゼロ本での特殊勝利が起こる。

 それは、考えうる限り最悪の負け方である。


 打たないか、一本打つか。


 一本、打とう。


 ぼくは震える手で釘打ち機を握った。

 このゲームは敗戦濃厚である。

 だったら、天月さんの腕に三本打ち込ませたほうがいい。そんな気がした。


「ふぅ、ふぅ」

 ぼくは目を瞑って、シュイン、と釘を腕に打ち込んだ。


「――――――――。」


 視界が真っ暗になる。


「……………………これで……手番終了…………です」

 ゴトリと力なく釘打ち機が机に落ちた。

 ぼくは腕に刺された二本の青い釘を見る。

 天月さんは少しだけ驚いた声色で言う。

「――まさか、二本目を打てるとは思いませんでした。あなたのその胆力を称賛して、このセットは譲りましょうか」

 その声色は、煽っているようには聞こえず、心の底から驚いているように聞こえた。

「六本の上限を考えると、第一セットで三本も打たされると、この後に響きますからね。私も手番終了で」

「……え?」


「それでは第一セット、終了です。お互いの左腕を公開してください」


 ぼくと天月さんの間にあるつい立てがなくなり、お互いの腕が公開される。


 当然ぼくの腕には釘が二本。

 そして、天月さんの腕は、まだ綺麗なままだった。


「第一セット、久野様、二本。天月様、ゼロ本。よって、久野様の勝利です!」


 その言葉を聞いた瞬間、ぼくが思ったことは、よかったでも嬉しいでもなく、「」だった。


 このゲームは二点先取したほうの勝ちである。つまり、ぼくは次のセットで勝てばいい。

 

 そして、このゲームに置いてブラフは相当難易度が高い。

 まず目の前で釘打ち機を使う以上、駆動音を誤魔化すことは不可能だ。

 そして、打っていないのに打たれたような演技をすることも、かなり厳しい。

 など、ぼくにはできない。


 つまりこのゲームはなゲームだ。

 そんな先攻第一セットに勝ったぼくは、次天月さんが何本打ったかを予想するだけでいい。

 それはきっと、そう難しくない。



 第二セット。黄色い釘が配布される。


 天月さんは優雅な動きで左腕に釘打ち機を押し付けた。

 シュイン、と音がして、彼の顔が歪む。

「あう……く……ぐ……うぅ」

 痛みを誤魔化すような声が漏れた。

 ぼくは少しだけ安心する。

 よかった、この人にもちゃんと痛覚があって。


 しかしそのあと、天月さんはノータイムで二本目の釘を腕に刺した。

「ぐ……うううううううう」

「そんな、ノータイムで!」

 そのリアクションから、本当に刺したように見える。

 しかしあの痛みを間髪入れずにまた受け入れられる、その精神性にぼくは戦いた。

「……」


 ――――今思えば、ぼくはこの時に引いてしまったのかもしれない。


 釘を二本打った後、天月さんはたっぷり三十秒ほど目を閉じ、痛みに耐えて、「どうぞ、久野さん。手番終了です」と言った。


 天月さんが打った釘の本数は

 それは、まず間違いなかった。

 恐らく天月さんはこのゲームの経験者だが、それでもブラフを張れるレベルの痛みではないことはぼくが一番知っていた。

 だからぼくが打つべき釘は、三本。

「……打てるか?」

 三本の釘を打つ。言葉にするととても陳腐で少し笑える。

 いまだに左腕は痛い。青色の釘が二本も突き刺さっていて、そこから赤い血が滴り続けている。

「……」

 でも、ここで三本打ちてば、必ず拾える勝ちだ。

 


「うあああああああ!」

 ぼくは気合を入れるために雄たけびを上げて、左手に釘を打ち付けた。

「一本目ぇあああああああああああああああああああ!」

 赤が弾ける。

「二本目ぇええええええええええええええあああああああああ!」

 意識が飛び、戻る。

「……ぐ」

 やめたい。

 ここで終わりにして、釘を抜きたい。

 ちらりと腕を見てすぐに後悔する。

 さっきのセットで使った、二本の青い釘。

 その隣に突き刺さっている二本の黄色い釘。

 でも、ここで打つのをやめたら引き分けだ。

 引き分けたら、この四本の痛みが無駄になってしまう。

「最後、最後だ。やれる、やれる、いけ!」

 ぼくは気合を入れて釘を打ち付けた。

 シュイン、と無慈悲な音がする。



 ――――悲鳴。



 ぼくの口から出た、大きな悲鳴。

 天月さんを見ると、彼も苦しそうな顔をしながらも、ぼくを笑顔で見つめていた。

「……天月さん、ぼくの勝ちです。手番終了です」

「それでは第二セット、終了です。お互いの左腕を公開してください」

 ぼくが勝ち誇った声を絞り出すと、天月さんがはにかみながら言った。


「よかったです、久野さん。あなたが強くて」

「……は?」

「普通の人は、。最初の一本ならまだしも、二本、三本目を打つなんて正気の沙汰じゃない。でもあなたは、第一セット目からきちんと二本打ってきた。だから今回も、

「……だから、なんだと」


 開示された天月さんの腕は、血で真っ赤に染まっていた。

 しかし、

「は?」

 天月さんの腕の傍に、血の付いた二本の黄色い釘が転がっている――!

「あんたまさか――――抜いたのか?」

「ふふ……ふふ…………ふははははははははは!」

 それは彼の、初めて聞く高笑いだった。


 天月さんは、一度自分の腕に釘を刺した後、手番を終了する前に、その二本を抜いたんだ。

 そうすることで、彼の腕に刺さっている釘は、

 一方ぼくの腕に刺さっている釘は――三本。


 基本的に数の多いほうが勝つこのゲーム。しかし唯一、マックス三本の時だけ、ゼロ本に負けてしまう。


「第二セット、天月様、ゼロ本。久野様、三本。よって、天月様の勝利です!」

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