決勝戦:釘ゲーム①
「時に久野さん。日本で一番ポピュラーなボードゲームである将棋。これって、先手と後手、どちらが有利かご存じですか?」
対面に座った天月さんが、大きな工具箱のようなものを開けながら問いかけた。
「えと、たしか先手のほうがほんの少しだけ勝率が高いんでしたっけ」
「その通りです。将棋のような、盤面に全ての情報が開示されていて、運の要素が絡まないゲーム、通称『二人零和有限確定完全情報ゲーム』はほぼ必ず、先手と後手のどちらかに有利が傾きます」
ぼくは顎に手を当てて考えた。
確かに、先攻後攻はゲームにおいてとても重要なファクターだ。
先手をとれる先攻、その動きを見てから行動を選択できる後攻。
カードゲームでは、後攻に手番を回すことなく初ターンで勝ち切るデッキすらある。
「次のゲームは、厳密に言うと『二人零和有限確定完全情報ゲーム』ではありませんが、先手と後手に有利不利があります」
「なるほど。でも、それはある程度は致し方ないですね」
「わかってくれて何よりです。ですが、先手と後手で揉めるほど美しくないものはない。じゃんけんやくじ引きで決めてもいいですが、先手と後手を決めるためのゲームというのが馬鹿らしい。そこで提案なのですが」
目線がかち合う。
「私がルールを説明するよりも先に、先手か後手を選んでください」
「……」
確かにそれはまっとうな提案だった。
なにより、ルールを熟知している天月さんに先手後手の決定権を与えたくない。
本当はルールを聞いてから選びたいけれど、それは虫がよすぎるってものだ。
「わかりました。ただ、ひとつだけ」
「なんでしょう?」
「決勝では何を賭けますか? それによって、降りる、降りないの話になってくるので」
「ふふ、そうですね。そこの説明もしてしまいましょう」
何を賭けるのか。大金を賭けた第一ゲーム。今後の行動を賭けた第二ゲーム。そして。
「このゲームでは、お互いが所有するアイを賭ける。それだけで構いません」
「……え?」
ぼくは間抜けな声を出した。
アイを賭けるだけ。つまり負けてもぼくの願いが叶わなくなるだけ?
しかし後に続く彼の言葉で、ぼくは頭を悩ませることになった。
「しかしこのゲームは、ゲーム中に肉体を傷つける可能性があります。そして残念ながらその結果死に至る可能性も、ゼロではありません」
「……は」
はは、と乾いた笑いが漏れた。
ゲーム中に肉体を傷つける、だって?
ぼくは数多くのギャンブル漫画を思い出す。指や耳を切り落としたり、致死性のある毒を飲んだり。
決勝はそういうゲームだということか。
「もちろん、命にかかわることですので、強要はしません。初めに久野さんには先手か後手かを選んでいただく。そのあとにルールの説明をします。そのルールを聞いた後、受けるか否かを選んでいただければ結構です」
ルールが受け入れられない場合、引くこともできる。
「ちなみにゲームを受けなかった場合、アイの所有権はどうなりますか?」
「あなたのアイはそのままで構いません。ただし、脱落した他の人のアイは私が頂きます」
「……まあ、そりゃあそうか」
すると、ぼくの隣に突然アイが投影された。
「スズ、ひとつだけ言っておくぞ」
「……突然どうしたのさ」
「ワシはお主のことが好きじゃが、復活したいという想いはもっと強い。アマツキのサイドに二十二個のワシが揃えば、ワシは躊躇なく向こう側に行くからの。今ワシらがさっさと復活せず大人しくギャンブルを見ていたのは、ただお主らのギャンブルに立ち合いたかったからという理由のみじゃ。お主が負けても、降りても、ワシはお主の元から去るから、そのつもりでな」
「……」
それはそうだ、という納得の気持ちと、それはまずいという反対の気持ちが並行して思い浮かんだ。
もしぼくがひとつでもアイを所有していたら、再び天月さんに挑むことができる。
第一ゲームで船から降りた人、第二ゲームで大切なものを失ったあさひさん、ゲーム以前に失っていたさっちゃん。アイの力で不幸になったこの人たちを救うには、アイの力を持ち続ける必要がある。
「わかりました。ではその条件でゲームをはじめましょう。ぼくは……先手を選びます」
得体のしれないゲームの手番を選択することにはすごく抵抗があったけれど、ぼくは先手を選んだ。
先手が有利なゲームのほうがこの世には多い。気がするから。
ぼくが心を落ち着けるために目を閉じると、天月さんが「わかりました」といってルール説明に移った。
「さて、それではゲームのルールを説明しましょう。名称は釘ゲーム。使うのは釘と、電動の釘打ち機。この二つです」
提示された釘は全長五センチほど、直径が数ミリの一般的によく見るものだった。
「お互いに手番を一度ずつ行い、勝敗を付ける。これを一セットとし、先に二勝したほうが勝利です」
天月さんはぼくのほうに三本の釘を渡した。
「一セットごとにお互いに釘を三本ずつ配布します。釘は毎セットごとに色を変えて配布します。自分の手番が来たら、釘打ち機を使って、好きな本数だけ釘を打ち込んでください」
「…………どこに?」
「もちろん、自分自身の腕にです」
ぼくはその答えを半ば予想しつつも、改めて戦慄をした。
「正確に言うと、利き手ではないほうのの、手のひらの付け根の部分から、肘の稼働する部分まで、いわゆる前腕の部分までです。そこ以外に打っても無効なので気をつけてください」
釘を自分自身の腕に打ち込む。そんな経験はないし、これからもしたくない。
先ほど彼が『命にかかわる』といっていた意味が分かった。だって、重要な血管を貫いてしまえばそれで終わりじゃないか!
「双方の手番終了後、より多くの釘を刺していたほうの勝利です。しかし、マックスの三本打っていた場合のみ、なにも打っていないゼロ本に敗北します」
基本的には釘の多い方の勝利。しかし、最大数はゼロ本に負ける。
そのあたりはどこかで聞いたことのあるゲームだった。
「先手の手番が終了して、後手が行動した後に、先手が再び何か行動することは禁止ですよね? 例えばその釘打ち機で……追加の釘を打ち込むなど」
「ええ。プレイヤーは『ターン終了です』といってから新たに行動をすることは禁止です。そのあたりはアイに見張ってもらいましょう」
「で、双方の行動が終了したら、手を開示して勝敗を決める。先手と後手を交互に行い、先に二勝したほうの勝利と」
「その通りです! 理解が早くて本当に助かる」
何か天月さんは傍にいたスタッフの女性に耳打ちをした。
女性は奥に引っ込んだ後すぐに木の角材を持って戻ってきた。
「あとは釘打ち機の使い方ですね。こうやって釘をセットして、ここを押す。一度木材で練習をしてみてください」
ぼくは釘をセットして、打ち込む。
シュィン、と激しい音がして、釘が木材に深々と突き刺さった。
「……」
――――これが腕に。
そう思うだけでぼくは鳥肌が立った。
また、釘打ち機の駆動音はかなり大きく、本数を誤魔化すブラフは張りにくそうだった。相手にバレないよう釘打ち機を駆動することはほぼ不可能だと言える。
「……大体理解しました」
――嘘だ。
だってまだ、このゲームの一番深いところを理解していない。
それは、痛み。
釘による痛みがどれほど強烈なものか、ぼくはまだ知らない。
それでも。
「……受けます」
さっちゃんのため、他の人のため、そして、ぼくのために、ぼくはこのゲームを受けることにする。
「素晴らしい!」
天月さんが手を叩いた。
「私は本当にこういうゲームが好きなんです。痛みと駆け引き。その中でようやく人間の本質が見える。あなたにも期待していますよ。なんせあなたは、あの大塚沙鳥さんの恋人だ」
「さっきも言いましたが、ぼくはあなたをぶちのめします。絶対に、許さない。だから、やりましょう。あなたに勝って、アイを揃えて、ぼくはあなたの悪事をなかったことにする」
視線が交錯する。
投影されたアイが叫んだ。
「行うゲームは釘ゲーム。先に二勝したほうの勝利じゃ。ゲームの褒賞は、お互いが所有するワシの欠片。これで両者納得かの?」
ぼくたちは頷いて――――
――――決勝がはじまる。
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