二回戦:チャージエンショット①

 チャージエンショット。

 直訳すると溜めて撃つ。シューティングゲームみたいな響きをしていた。


 ぼくたちが顔を見合わせていると、天月さんが「次のゲームは特殊な設備を使いますので、別室に移動をしてもらいます」と言った。

「特殊な設備ってなんやの? 拷問器具とかか?」

「まさか。次のゲームも身体的な損害はないものですよ」

 それを聞いて羽村さんが安堵の表情を作った。

 しかしその表情はすぐに崩れることとなる。

「あくまで身体的な損害は、ね」

「…………」


「さて、移動する前にひとつ決断頂きたいことがあります。先ほど大塚沙鳥さんの告白で有耶無耶になってしまいましたが、この二回戦ではと思うんです」

 さっちゃんが過去に受けた仕打ちから、BET台に載せるものが何なのか、なんとなくぼくたちには予想がついていた。

 ゲーム名を聞いて冷静になりかけていたぼくのお腹のあたりにふつふつと怒りが沸き上がる。

 天月さんはそんなぼくの顔をニヤニヤとした表情で見ながら、「せっかくなので久野さん。一つ質問をさせてください」と言う。

「なんですか?」

「久野さんは、、どちらが大切だと思いますか?」


 愛とお金。心理テストやネット掲示板などで何度も聞いたことがある質問だ。

 愛がないと人は独りだ。お金がないと人は生きていけない。

 生きていくうえでどちらかしか選べないのなら、お金のほうが重要だと思う。しかし、愛というのは何も恋愛だけじゃない。友愛や家族愛、ペットに対する愛情もそうだ。それらすべてがなく、独りで生き続ける人生にいったいどれだけの意味があるのだろう。

 もとより人生に大きな意味はないとわかっていても、やはり、愛のない人生に意味はないと思う。


「……愛」

「ふふ。いいですね。こんな風に次のゲームでは皆様に愛かお金、どちらかを賭けていただきます」

 天月さんはぼくの解答にさほど突っ込まず、賭けるものの説明を続けた。

「ああ? 愛か金やて? 待てや。あんたついさっきお金を賭けるのは面白くないって言ったばかりやろ。それやのにお金を賭けさせるってどういうことやねん。んでいくらや」

「ああ、違います」

 さっそくあさひさんが嚙みついたが、天月さんはそれも軽やかに躱す。

「愛を賭けて、愛を失う。お金を賭けて、お金を失う。私が提案するのは。一番辛いのは愛やお金を失うことではなく、使。そういった状況にあると思いませんか?」


 さっちゃん以外の全員が、思わず彼女の方を見た。


 人を愛する気持ちは持っているが、それを伝えるすべを持たない人間。それはまさしく、天月さんが言う状況そのままだった。


「次のゲームでは皆様に、愛かお金かのどちらかを賭けていただきます。そして、愛を賭けて敗北した場合は、。お金を賭けて敗北した場合は、使。そうですね、独身に対する生活保護が大体月十万程度ですので、十万円にしましょう。月に十万円以上、稼ぐことも貯めることもできますが、月に十万円までしか出費できなくなります」

「…………考えることが最悪やな」

 あさひさんが呟く。


 確かにそうだ。これなら愛情を完全に失ってしまうほうがいささかマシで、多額の借金を背負ったほうがまだ、返した後の生活に思いを馳せることができる。

 これじゃあ、生殺しだ。


「この内容に乗っかれない方、無理強いするつもりはございません。ゲーム会場へ移動せず、この部屋に残ってくださって結構です」

「え? この場に残っていい? ゲームに参加しなくていいってことですか」

 意外そうな羽村さんの質問に天月さんは頷いた。

「ええ。無理強いをするつもりはありません」

 その言葉はとても胡散臭い笑顔と一緒に放たれる。


 何か裏がある。そう思ったら、彼はあっさりとその裏を公開した。

「そもそも私は、みなさんが船に乗ってきた時点で、んですよ」

「どういうことですか……?」

「アイをコンプリートするための一番のハードルは、アイを奪うことじゃなくて、所有者を見つけ出すこと。他者から奪うハードルなんて、所有者を探すことに比べたらないようなものです。今回のように公平なゲームで奪ってもいいし、お金を積んでもいい。もちろん、暴力的な手段を用いても、ね」

 その笑顔には一点の曇りもなく、とても恐ろしいものだった。


 要するにぼくたちはいま、脅されているのだ。


 、と。


「あの……私、ゲームから降ります。辞めます。願いが叶うなんて言われたから参加したけど、無理です!」

 そう言って羽村さんは、テーブルの上にアイが依り代にしているであろうハンカチを置いた。

 所有権の放棄だ。

 つまりこれで、羽村さんも脱落したこととなる。


「ふふ……そうですか。まあ、賢明な判断でしょう。お三方はいかがしますか」

 ぼくたちは顔を見合わせる。

 運命共同体のさっちゃんと、協力関係にあるあさひさん。羽村さんが抜けた今、二回戦を三対一で行えると思うと、かなり有利にコトを運べるだろう。

 しかし、負けてしまえば愛かお金のどちらかを失う。


 これでは、自分が犠牲になって、仲間を勝たすという戦略は取れない。


「すずくん。降りてください。お願いします」

 目が合った瞬間、さっちゃんが懇願するような表情でそう言った。

「わたしがこんなことをお願いできる立場じゃないことはわかっている。今まですずくんに自分の過去を隠していたことは言い訳のしようがない。でも、これだけはわかってほしいの。人に、愛を伝えられないのは、本当に苦痛なんだよ。こんな気持ちは誰にも味わってほしくない。君は優勝して、わたしの呪いを解こうと考えると思う。でも、それよりもわたしは、君がわたしみたいになる方が嫌だ。だからすずくん、降りて」

 そのままさっちゃんはあさひさんの方を向く。

「あさひさんも、降りてください」


 しかしあさひさんはハハッと笑って、「うちは降りんよ」と言った。

「うちは降りん。二回戦、やるで」

「承りました。それでは愛とお金、どちらを賭けるか決めておいてください」

「ああ、まあそんなもんやけどな」

 ぼくはそれを聞いて少しだけ驚く。

「何驚いとんねん。沙鳥ちゃんの前でこんなこと言うのもなんやけど、こんなもん愛選ぶなんてアホのすることやろ」

「……」

「あんな、物欲を満たす方法ってのは、金を支払う以外にいくらでもあんねん。でもな、。日本語変やけど」

「……てっきりあさひさんは、愛なんて下らねえっていうタイプかと」

「うちのことなんや思ってんねん。愛に生き、愛に死ぬ女やぞ」

 ぼくはそれを冷ややかな目で流しながら、改めてさっちゃんの方を見た。


「さっちゃん、ぼくは降りないよ」

「でもっ」

「聞いて」

 ゆっくりと自分の考えを言葉にする。

「これは、さっちゃんのためだとか、アイのためだとか、天月さんが許せないから、とかそういう理由じゃないんだ」

 そう。そんな理由じゃない。もちろん、それらも含まれているけれど、ぼくが降りない理由は、もっと自分勝手なものだ。

 優勝すれば、アイの力でさっちゃんに課せられた絶対誓約を解ける可能性がある。

 確かに優勝できる可能性は低いかもしれない。それでも、そんな理由でぼくは、このゲームから降りるのか?

 ぼくが戦う動機はきっと、さっちゃんのためであって、さっちゃんのためではない。


 不意に、ヒナミの爺さんの言葉がフラッシュバックする。

「一度でも自分を裏切れば、オレはオレではなくなってしまう。そんな確信がある。つまりこれは、死ぬのと同義だ」


 ここで降りたら、ぼくはぼくでなくなってしまう。

 大きすぎるBETから、天月さんから、さっちゃんの過去から、可能性から逃げたら。


 ――――このゲームから、降りたら。


 ぼくは、この先笑って生きられるだろうか。



「そして、そんな死人同然のオレは、家族や友人に会いたくないし、美味しいごはんも景色も十全に楽しめないだろうよ」

 あの時のヒナミの爺さんの言葉を、ぼくはようやく理解した。

 ――――魂で、理解した。


 ここで降りて、ぼくは今まで通りさっちゃんと笑い合えるだろうか。

 学生生活を送れるだろうか。

 ぼくはぼくで、いられるだろうか。


 答えは――――否だ。


「ぼくはね、さっちゃん」

 さっちゃんが不安そうな顔でぼくを見る。

 その両目をしっかりと捉えて、ぼくは言った。


「ぼくは、ぼくが、ぼくであるために、戦う。誰のためでもない。ぼくのために次のゲームに挑む」

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