勝負の動機

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 彼女、大塚沙鳥は。

 ぼくに一度も好きと言ったことがない。


**



「あ? 愛を伝える能力を失わせるなんてできるんか? いや、でもそうか。アイにできひんのは物理的に不可能なことを強制させることだけか。本人の自我を奪って強制的に借金を返済させるのと、愛を伝えられなくするのは本質的にはおんなじか」

 静まり返った食堂にあさひさんの声が響く。彼女の言う通り、アイの力を使えばそれくらい容易いだろう。

 でも、そんなことは些細な問題だ。

 ぼくの心はひとつの感情に支配されていた。


 ――――怒り。


 それは、天月さんに対してでも、アイに対してでもない。

 ただひたすら、自分への怒りだ。


 どうして一度もその可能性に気が付かなかった?


 さっちゃんがぼくのことを好きに思ってくれているのは明白だった。

 好きと言ってくれたことはないけれど、その行動が、振る舞いがそれを教えてくれていた。


 それなのに愛を伝えてくれないことに対して、ぼくはただ、思考停止をして不満に思っていただけだった。

 

 カードは既に出揃っていた。

 さっちゃんからの愛。

 好きと言われたことがないという事実。

 アイを見ても取り乱さない様子。

 天月さんとの関係性。

 アイの絶対誓約。


 ここまで情報をもらっておいて、どうしてぼくは、

 最後まで考えていれば、さっちゃんにそんな辛い思いをさせることなんてなかったのに。

 拳をぎゅっと強く握り、息を大きく吐く。


 ――――さて、反省は終わりだ。

 人生はギャンブルと同じで、

 さっちゃんがかつて天月さんに敗北したことも、ぼくたちがアイと出会ってしまったことも、そしてぼくがさっちゃんの過去に気付けなかったことも、今となってはもうどうしようもない。

 問題はこのあとどうするかだ。


 確かに状況は悪い。

 配られているカードは弱い。

 それでも、まだ、勝負はついていない!


「ごめんね、さっちゃん。気付けなくて」

「……」

 彼女は、どうして謝られているのかわからないと言いたげだった。

 それでもぼくは謝る。

「ごめんね。辛かった過去を、自分の口から言わせてしまって」

 ぼくは席を立って、さっちゃんの隣まで行き、手を握る。

「言いたいこと、言えないこと、たくさんあると思う。でも、ぼくはずっとさっちゃんの傍にいるから」

「でもっ、わたし……ずっとすずくんに嘘ついてた。好きって言ってほしいって言われてもはぐらかし続けてた。ゲームだからって酷いこともしたし、何度も伝えるタイミングはあったのに隠し続けた! そんなわたしの傍に、どうしていてくれるの!」


「そんなの、好きだからに決まってる」


 ぼくは毅然とした態度で言い放った。

 好きだから傍にいたい。それだけだ。

 それに。

「それに、言葉なんてなくても、君がぼくのことを愛してくれていることくらい、伝わってるよ」

「…………ばか」

 さっちゃんは蚊の鳴くような声でそう言った。

 ぼくは彼女の頭を優しく撫でて、天月さんを睨みつける。


 なあ、ぼく。

 腹立たしいよな。さっちゃんに辛い思いをさせた自分が、許せないよな。

 すべてぶち壊してしまいたいくらい、苛立たしいよな。

 この怒り、どうしてくれようか。

 

「昔あなたとさっちゃんの間でどんなことがあったのか知りませんけど、天月さん」

「ふふ、なんでしょうか」

 彼は楽しそうな表情でぼくを見ている。

 その笑顔が、気に食わない。

 昔、二人の間に何があったかなんて知らない。

 それでも、こいつが、さっちゃんの愛を奪った。

 そんなやつを目の前にして、何を抑える必要がある。

 なあ、ぼく。

 この怒り、どうしてくれようか。


「ぼくはあなたが嫌いだ。ぼくはあなたを許さない。ゲーム感覚で人の人生をぶっ壊すあなたを、さっちゃんにそんな誓約を課したあなたを、絶対に許さない」

 ぼくはこの船に乗って初めて、明確な敵意を彼に向けた。

「ふふ。許さない、ですか。それで? 久野さんは私になにをするつもりですか?」

 何をするか。そんなもの決まっている。


「ぼくがあなたを、ぶちのめします」


「は……ははっ、いいですね、その顔。あなたのことは正直大塚沙鳥さんの付属品程度に思っていましたが、なかなか面白い顔をするじゃないですか!」

 高らかに笑いながら、天月さんはゆっくりと立ち上がった。

「皆様お食事も終わられたようですし、このまま、二回戦のルール説明へと参りましょうか」

 もちろん、皆様に賭けていただくものも含めて、と、彼は楽しそうに笑い、ゲーム名を発表した。


「次のゲームは、『チャージエンショット』」

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