大塚沙鳥
「ではそろそろ本題に入りましょうか」
ぼくたちがデザートに手を付けたあたりで、天月さんが場を取り仕切った。
「本題、ですか?」
「ええ。二回戦。次のゲームについてです」
次のゲーム。その言葉に思わずぼくは背筋を伸ばした。
そう、この船は最後まで勝ち残った人間一人だけがアイを独占できる、バトルロワイアルゲームの会場なのだ。
そしてそのゲームで勝ち残り、なんでも願いが叶う権利を入手しないと、一回戦で多額の借金を負った人たちを救うことができない。
「第二ゲーム……本当はここまで人数が減る予定ではなかったので第三ゲームでやるはずだったゲームですが。それについて一点相談があります」
言いながら天月さんは恨みがましい目でさっちゃんを見た。
さっちゃんはそれを意に介さず、というか、それどころじゃないといった顔で何かを考えている。
きっと、ぼくになにをどう伝えるべきか迷っているのだろう。
「端的に言うと、賭けるものですね。第一ゲームではこの船のチャーター代を払うということでゲームに緊張感を持たすことができました。ただ私、お金を賭けるってあまり好きじゃないんですよ」
「なっ」
ぼくは思わずスプーンを置いて天月さんを睨みつけた。
「だったらどうして第一ゲームであんな条件を付けたんですか!」
「うーん、好きじゃないだけで、嫌ではないから、ですね。第一ゲームはたまたまアイを拾った人、言ってしまえば何の覚悟もなく、知能も低い人が多く参加する可能性がありました。そんな人をその気にさせるためには、お金という指標はものすごくわかりやすい」
「……」
「でも、お金って釣りあげれば釣り上げるほど、安っぽくなるんですよね。第一ゲームの賭け金は船のチャーター代三千万でした。では第二ゲームはどうしましょう? 五千万円? 一億円? そしたら第三ゲームはどうなりますか。二億円? それともきりよく五億円?」
「そんな調整どうだっていいじゃないですか」
「そう、どうでもいいんです!」
天月さんはわかってくれますか、と嬉しそうに笑った。
期待に応えられていないようで悪いが、ぼくは何もわかっていない。
この人の考えていることは全く分からなかったし、わかりたくないとすら思った。
「もうね、人間五千万円とか一億円とか十億円とか、どうでもいいんですよ。それらは全て”払えない金額”としてひとまとまりになってしまう。しかし、第一ゲームよりも賭けるものが小さくなるのは、緊張感的にもゲーム的にも面白くない」
「はん、ゲームの進行度合いによって賭けるものは大きくなるべきやけど、お金はある一定のラインを越えたら認識上大きくならなくなる。せやから金額を指標にした時点で終わりっちゅう話か」
「さすが、三上さんは理解が早い」
あさひさんの言葉を肯定し、彼はぼくたち全員を見回した。
「だから、次のゲームはちょっと趣向を変えた賭けをしようと思うのです」
「――――待って」
口をはさんだのは、さっちゃんだった。
さっちゃんは俯いたままふらふらと立ち上がり、大きく息を吐いた。
「ここであんたが賭けの内容を説明したら、すずくんはきっとわたしの隠し事に気が付く。でもさっきわたしはすずくんに、あとで絶対話すって約束した。だから、天月。あんたが第二ゲームの賭けの内容を説明する前に、わたしの話をしたい。いいかな」
「ふむ、いいでしょう。それを見ているのも面白そうだ」
さっちゃんは天月さんを一度睨みつけてから、ぼくに向かってごめん、と頭を下げた。
「戸惑いはしたけど、別に怒ってないよ。だから、ちゃんと話してほしい」
ぼくは一度飲み物を口に含んでから、彼女に優しい声色で語りかけた。
怒っていないのは事実だ。
何かを隠されているという事実は少し悲しくはあるけれど、そこに正当な理由があるのなら怒るのは筋違いだ。だからまずは、彼女の話を聞きたかった。
「あのね、わたし、天月と会うの初めてじゃないの」
「うん。そんな気がしてた。でもいつ頃?」
「……大学に入る前」
そんなに前だったのか。ぼくと出会うよりも前じゃないか。
「そっか、それは、どういう関係だったの? 塾の先生とか、親の知り合いとか、インターネットの繋がり?」
さっちゃんはその全てを首を振って否定して、答えの代わりに全然違ったことを言った。
「わたしね、すずくんがあの部屋でアイを召喚するよりもずっと前から、アイの存在を知っていたの」
「――――は?」
呼吸が止まった。
「……ど、どういう、こと?」
「あの日、みかんゲームをやった日。それより前からわたしはアイの存在を知っていた。それどころか、一度は所有者だったんだ」
さっちゃんがかつて、アイの所有者だった?
しかし思い返すと合点のいくことがいくつかあった。
みかんゲームは、ぼくがアイにビビっている間にさっちゃんがみかんを隠し持っていたことが勝負の決め手となった。
でも、いくら勝負慣れしているさっちゃんといえど、黒い渦の中から出てきたアイを前にして、冷静にみかんゲームについて気を回すことなんてできるだろうか。
あれは、アイを知っていたからこそ、ほとんど動揺することなく勝負に没頭できたんじゃないか。
そしてアイの所有者だったという発言と、天月さんと会っていたという発言が結びつく。
もしかして、彼女は。
「そう。わたしは高校二年生の時、アイを賭けて天月と勝負をして、負けた」
「っ……」
負けた。
それは現在のアイの所有数から簡単に予想できたことではあったけれど、それでも衝撃の大きな言葉だった。
だから彼女は天月さんを目の敵にしているし、天月さんは余裕ぶった態度で接しているんだ。
ぼくが呆然としていると、あさひさんが口を開いた。
「そんときあんたらはなにを賭けたんや? 沙鳥ちゃんが今このタイミングでカミングアウトしたっちゅうことは、今回もそれを賭けるんかいな」
「わたしが賭けたものは……」
さっちゃんは唇をかんで、俯いた。
よっぽど言いたくないようだ。
「さっちゃん、言いたくないなら無理には」
「ううん、言う。天月はきっと今回も同じものを賭けさせようとしてくるから。すずくんにはちゃんと、わたしの口から伝えたい」
その言い回しにぼくは違和感を覚えた。
まるで、賭けたものがぼくの人生に関係があるような言い方だったからだ。
でも、さっちゃんが負けたのはぼくと出会う前だったし、巨額の借金を背負っている様子もない。
さっちゃんは一体何を賭けて、どう負けたんだ。
たっぷりと間をおいて、彼女がぽつりとつぶやいた。
「わたしは、愛する人に愛を伝えることができない」
――――それ、は。
彼女の瞳に涙が滲み、ぽたり、と机に落ちた。
「わたしは天月に負けて、他人に愛を伝える能力を、失ったんだ」
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