自己紹介のフォロー
聞きたいことはたくさんあった。言いたいことも沢山あった。
天月さんの発言の真意や、彼とさっちゃんとの関係。
さっちゃんの過去になにがあったのか、彼女が今何を隠しているのか。
それでもそのすべてを飲み込んで、ぼくはできるだけ嫌味にならないよう、こう言った。
「さっちゃん、君は一人で大丈夫だと思っていたかもしれないけど、一人よりも二人のほうが絶対いいとぼくは思ってる。だからもし、何かを話す気になったら、言ってほしい」
さっちゃんは何も言わずに、俯いた。
一人で大丈夫だと言ったのに、ゲームの最終局面でぼくに助けられ、揺れているのだろう。
あさひさんもぼくたちを茶化したりせず、腕を組んで何か考え事をしている。
そこから数分ほど続いた静寂を破ったのは、扉の開く音だった。
それと同時に美味しそうな香りが漂ってくる。
「おお、晩飯か」
入口のほうへと目をやると、制服を着た数人のスタッフがキャスター付きの台で、料理の乗ったプレートを運んできているところだった。
あさひさんがてくてくと近づいていき、興奮した様子で「ビュッフェスタイルやん!」と叫ぶ。
気落ちしていたぼくもビュッフェという単語には心が惹かれ、思わず覗き込んだ。
刺身の入ったカルパッチョ風のサラダに、魚の煮漬け、山盛りの揚げ物もあればピラフともチャーハンともつかないけどいい匂いのする米もある。デミグラスソースに使った大きな肉がぼく的メインディッシュだ。
ずっと俯いていたさっちゃんも立ち上がり、ふらふらと献立を覗きに来た。
目が合う。
ぼくたちはなんとなくおかしくなって、笑った。
「それではみなさん、自己紹介も終えたことですし、食事でもしながらゆっくりと親睦を深めましょう」
天月さんがそう言って、お皿のほうへと誘導する。
ぼくたちは一瞬だけ今がゲーム中であることを忘れ、料理へと群がった。
「うっま、鈴也、これ食うたか? めっちゃ美味いぞ、やるわ」
「食べかけいらないですって! ビュッフェなんですから自分で取りに行きますよ!」
あさひさんがぼくの皿に食べかけの生春巻きを乗せてこようとしたので慌てて皿をひっこめた。パクチーの匂いがする。
隣でさっちゃんがガルルルルルと威嚇している。
「なんや、まだ二人とも仲いいやんけ」
なんだかんだあさひさんは、ぼくたちの仲を気にしてくれていたようだった。
「そりゃそうですよ、ぼくはさっちゃんが大好きですから。ね」
さっちゃんが小さく頷いた瞬間、「へえ、その話、私も混じってよろしいでしょうか?」と、天月さんが会話に入ってきた。
ぼくたち五人は大きな丸テーブルを囲んでいるので、個別での会話というのが限りなく不可能に近かった。
そしてそれは、この船の上に安寧の時間なんて一秒もないということを意味している。
「なんですか、さっきからぼくたち二人に噛みついてきて」
「勘違いしないでくださいって。私はお二人と険悪になりたいわけではないんです」
天月さんが大げさなジェスチャーで言葉を否定する。
「そりゃ正直大塚さんには苛立っていますよ。さっきも言った通り、私、第一ゲームは脱落ゼロでもいいなという考えで運営していましたので」
「そのわりには脱落したときのペナルティをしっかりとっていたみたいですけど」
「そりゃあ、搾り取れるなら搾り取ります。そう言った面では、あんなに脱落者が出てくれてラッキーだとも思います」
「じゃあ何に対して苛立っているんですか」
なんとなくぼくも苛立って少し強めの口調で言うと、天月さんはノンアルコールカクテルの入ったグラスを揺らしてからこう言った。
「プレイ人数十人程度で考案した第二ゲームが、できなくなっちゃいましたからね」
「そんなことで!」
「まあ待てや」
思わず語気を荒げるぼくを制したのはあさひさんだった。
「今は食事の時間や。せっかくやし、第一ゲームの振り返りでもせんか? みんなはどんな言葉を情報として設定してたんや」
フライドポテトを頬張りながら彼女は暢気な口調で言った。
そうすると、今まで気配を消していた羽村さんがそれに同調した。
「あ、わたしも気になります。わたしはその……『ショートケーキ』でした。みなさんにはバレていましたかね」
羽村さんはビクビクとした表情のままさっちゃんを見た。さっちゃんは小さく頷く。わかっていたみたい。
「ひぃっ」
「私はそういう大塚さんの設定ワードわかっていましたよ」
この発言は天月さん。
彼の発言が本当だったら、最後の数十秒の攻防は間違っていなかったと言える。
「ああ、それはうちもわかったで」
「あさひさんまで?」
「まあな。っていうか、たぶん羽村ちゃんと鈴也を除いた三人は大体似たような発想やろ。うちが最初に話した配達員の人見えない理論や」
あさひさんが説明を続ける。
「沙鳥ちゃんは自己紹介ゲームの説明を聞いてから情報を設定した。んで、演説内容は協力関係を結ぼうってものや」
頷く。
でも、さっちゃんはゲームの内容を知ってから情報を設定したんだから、彼女の情報を特定することは難しいはずだ。
「いや、よう考えてみ。沙鳥ちゃんがこのゲームで全員殺すムーブに出たのって、なんでやったっけ?」
「えと……確か女性が久野さんにアンサーをしたから……です」
「せや。それがなかったら沙鳥ちゃんは大人しくしとくつもりやったかもしれん。ってことはやで」
あ、そうか。
「あの演説内容は、完全アドリブなんや。んなら、沙鳥ちゃんが設定したワードは一個だけやんな」
あさひさんは全員の顔を見渡す。
「どんな自己紹介だとしても必ず言う言葉、つまり――――『大塚沙鳥』や」
それは鮮やかな推理劇だった。
固有名詞は、名詞である。
その説明に納得したぼくはさっちゃんのほうを見る。
彼女は悔しそうな顔をしながらあさひさんを指さして「正解ですけど、この人も同じ発想だよ」と言った。
「あさひさんの設定した情報は――――『アンサー』」
「ア……アンサー!?」
「この人が天月に対して初手で突っ込んだのは、天月を倒すためだけじゃなく、自分の情報を宣言するためだったんだよ」
「ふん」
あー、とぼくは呆けた顔をした。
ゲーム中、さっちゃんはあさひさんの答えがわかっていると言っていたけれど、それは本当だったみたいだ。
「お二人とも……発想が変です」
羽村さんが小さい声で呟いた。
「ただなあ、あんまり慣れ合うのも変な話やけど、天月亥介。あんたの情報だけは確信が持てへんままやわ」
あさひさんが天月さんのほうを見る。
天月さんは不敵に笑いながら、「不正解です」と言った。
「あん? なんや、まだ何も回答しとらんやろがい」
「いえ、だから、私の設定した情報が、『不正解』なんです」
――――場の空気が止まった。
さっちゃんですら驚いた表情をしていた。
そりゃそうだ。だって、その言葉は。
「だ……誰にもアンサーされなかったら、どうするつもりだったんですか?」
みんなを代表して羽村さんが聞いた。
天月さんはそれを柔らかい表情で受け止め、ナイフで肉を切る。
「三上あさひさんがアンサーをしました」
「いや、それはわかってて、それは答えには」
「それが答えですよ。三上さんがアンサーをしました。だから私は間違っていなかったんです」
「……」
天月さんは一口大の肉を口に放り込んだ。
「どうしたんですか、食べましょうよ。美味しいですよ」
その言葉で我に返ったぼくたちは、それでも若干上の空のまま食事をつづけた。
……あれ? みんなぼくの情報には興味ないのかな。
個人的には、三人にも引けをとらないいい情報を設定したと思ったんだけどな。
そう思っていたらその表情がばれたのか、あさひさんが声をあげて笑った。
「どうせ鈴也は『バスケ』とかやろ。安牌置きに行ってる感じがあって良かったで」
ぼくは小さく首を振る。
「ん、外したか」
「すずくんの情報は『船酔い』でしょ」
「久野さんは『就職活動』ですか?」
全員違ったのでぼくは首を横に振った。
もしかしてぼく、相当侮られていたのかも。
「で、なんだったんですか?」
「ぼくの設定した情報は、『質問』です。このゲームで質疑応答をすることは自然な行為。だから、自己紹介に情報を紛れさすよりも、一度質問するだけで怪しまれずにクリアできるこっちのほうがバレにくいかなって」
なんとなく場の空気が固まり、ぼくを見る目が少しだけ変わったような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます