一回戦:自己紹介ゲーム⑧
天月さんの質問のせいでさっちゃんの様子がいっそうおかしくなったけれど、何事もなかったかのように、彼は司会を進行する。
ぼくはさっちゃんに色々と聞きたい気持ちでいっぱいだったけれど、あとで話すと言われ、意気消沈している彼女を目の前に根掘り葉掘り聞くことはできなかった。
「では次、三上あさひさん」
「ん、うちか」
あさひさんは軽快な足取りで壇上へと歩いて行った。
あさひさんは既に情報を開示している可能性が高い。
彼女だけこのゲーム内で発した単語の量が異常だからだ。
そのせいか彼女は本当に適当な自己紹介を行い、誰もアンサーをすることなく、次の人へと順番が回った。
次は
さっちゃんと協力関係を結んでいない最後の一人だ。
そんな彼の自己紹介が終盤に差し掛かったあたりで、机に突っ伏したままさっちゃんが右手をふらふらとあげた。
「アンサー」
それは無慈悲の一撃だった。
望月さんは顔を青ざめさせて、やめろ、やめろとわなわな震えていた。
「目覚まし時計」
「正解じゃ!
そうしてまた一人が脱落した。
これで脱落者は合計六人となり、残り人数も六人となった。
残っているメンバーは、ぼくとさっちゃんとあさひさん、天月さん。それに、絶対誓約を結んでいる
そして今から、最後の一人である湯川さんの自己紹介がはじまる。
それはもはや、誰も興味がない自己紹介と言えた。
しかし、ここでぼくの予想を大きく上回る出来事が起こる。
二分間の自己紹介を終え、半ばやり切ったような、呆けた顔をしている湯川さんに対してさっちゃんが手をあげた。
「え? お、大塚さん?」
さっちゃんは湯川さんに対してアンサーできない契約を結んでいる。これはアイによる絶対誓約なので覆ることはない。
それに、彼女はもう六回アンサーをしたため、アンサー権が残っていない。
だからこの質問に意味はないはずだ。
湯川さんは驚いた表情をしながらさっちゃんのほうを見ている。
「質問です。このままだと二回戦に進むのは何人?」
「……ん?」
「このままだと二回戦に進むのは何人?」
意図がわからなかった。湯川さんも顔にハテナマークを浮かべながら「えっと、六人、ですね」と言った。
「ありがとうございます」
さっちゃんは頭を下げて、ちらりとあさひさんのほうを見た。
「……」
その視線を受け取ったあさひさんは、思いっきり顔をしかめて言った。
「あんた、思ったよりも嫌なやつやな、ちょっとびっくりしたわ」
次にあさひさんが口を開くまで、その二人のやり取りを理解できた人間はいなかった。
全員が間の抜けた表情をしている。
あさひさんがゆっくりと手をあげた。
「アンサーや。湯川の情報は、『スマートフォン』」
それは、あさひさんから湯川さんへの、無慈悲なアンサーだった。
「正解じゃ! 望月翔の情報は『スマートフォン』!」
「なっ……なん……で! 俺はアンサーをされないはずじゃ!」
正解コールと同時に叫んだ湯川さんに向かって、さっちゃんは小さな声で呟いた。
「確かに絶対誓約があるからアンサーはできない。
――――わたしは、ね」
あさひさんのアンサーにより脱落した湯川さんの驚愕はすぐに消え去り、ゲームには五人だけが残った。
天月さんが溜息をつく。
「なるほど。大塚さんの陣営は久野さんと三上さんの合計三人。このまま羽村さんと湯川さんが残ると状況によっては二回戦で三対三になってしまう可能性がある。その拮抗を防ぐために三上さんを使って湯川さんを脱落させたというわけですか。確かに理にかなっている」
天月さんがさっちゃんの行動の意味を解説した。
当然だが、ゲームは人数が多いほうが基本的には強い。天月さんと羽村さんと湯川さんの三人が徒党を組めば、ゲームは拮抗状態になるが、一人脱落すればうちのチームのほうが有利なのは自明だ。
さっちゃんの「二回戦に進むのは何人」という質問は、あさひさんにそれを想起させるためだったのだ。
天月さんはさっちゃんの意図をくみ取り、あきれたような顔をしている。
「今更ですけど、本当はこのゲームでそんなに多くの人を脱落させる気なんてなかったんですよ。実際、誰もアンサーしなければ全員上に進める、ボーナスステージだった」
その語尾には少しだけ怒気が含まれていた。
なにか、嫌な空気を感じる。
取り返しのつかない何かが起こってしまうかのような、嫌な空気。
天月さんが言葉を続けた。
「もちろん、乗船代が回収できればいいなと思っていたし、たくさん脱落すればお得だなっていう汚い気持ちがあったことは否定しませんが、全員で二回戦、という結果でもよかったんですよ。そんな計らいを、ここまでめちゃくちゃにした大塚さんを、このまま野放しにしておくのもどうなんでしょうね」
――――瞬間、脳裏に電撃のようなひらめきが走った。
天月さんは、アンサーをするつもりだ。
さっちゃんのほうをちらりと見ると、少しだけ青ざめた顔をして唇をかんでいる。
彼はアンサーをして、さっちゃんを追放する。
それはまずい。止めなきゃいけない。
でもどうやって?
このゲームは他人を脱落させる以外の妨害行為はできない。つまり、先に天月さんを脱落させるしかない。
しかし、さっちゃんにもあさひさんにもアンサー権は残っていない。
だったら……
――――ぼくがやるしかない。
しかし、ぼくには天月さんが設定した情報の見当が全くついていない。
どうするべきか。
答えは一つだ。
「アンサー!」
ぼくは、天月さんのアンサー宣言よりも先に、手をあげた。
彼はニヤリと笑い、「ほう、どうぞ」と言う。
きっと彼は、自分の情報を当てることはできないと考えているんだろう。
その通りだよ。
ぼくは天月さんを脱落させることはできない。
でも、さっちゃんを脱落させないことだけは、できる。
このゲームでは、一回のアンサーにつき、二十秒の時間が与えられている。
だからぼくは、この二十秒間――――何もしない。
「……どうしたんですか? 答えは?」
ぼくは何も言わない。
ただ黙って、二十秒が過ぎるのを待つ。
このフェイズは二分間。
ただでさえ短いのに、すでに湯川さんの脱落などでかなり時間が過ぎている。
「……まさか!」
二十秒が過ぎる前に、ピピピピピピと、けたたましいアラームが鳴った。
それは、最後の一人である湯川さんの質疑応答終了を告げるアラームであり、同時にこのゲーム自体の終了を告げるアラームだった。
ぼくは、二十秒間時間を稼ぐことで、天月さんのアンサーを封殺した。
天月さんはふっと力を抜いて、マイクに向かって叫んだ。
「これにて第一ゲーム、自己紹介ゲーム終了です。第二ゲームへと進むのは私と、大塚沙鳥さん、羽村紫穂さん、久野鈴也さん、三上あさひさんの合計五名です。このあとすぐに船は港を出港します。まずはお食事の時間にしたいと思います。五分ほど、しばしご歓談ください」
一回戦 『自己紹介ゲーム』
勝者・天月亥介、大塚沙鳥、羽村紫穂、久野鈴也、三上朝日
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