二回戦:チャージエンショット②
スタッフの女性に案内され、ぼくたち三人は二回戦の部屋の前へとたどり着いた。
目の前の扉の奥に会場が広がっているらしい。
天月さんは準備があるからと、少し遅れるそうだった。
「ほいで鈴也。あんた、どっちを賭けるつもりや」
「ぼくは愛ですよ」
ぼくがそう言うとすかさずさっちゃんが「待って」と口をはさんだ。
「わたし、本当に後悔しているの。苦しいし、辛い。そんな思いを君にしてほしくない」
「せやな。うちも沙鳥ちゃんに同意や。愛を伝える能力なんて失ったら、今後キッツいで」
「いいんです。そもそも、人に愛を伝えられないはずのさっちゃんの愛情を、ぼくはめちゃくちゃ感じていました。たぶんこの誓約は、言葉や文章で愛を伝えることを禁じるだけで、行動までは封じていない。もちろん言葉にするに越したことはないですけど、それでも伝わるものはありますし、片方だけが伝えられないよりは、両方が伝えられないっていうほうがバランスもいいと思うんです」
「……」
「それに、ぼくは負けるつもり、さらさらないですよ。もしたった一人しか勝ち上れないんだとしても、ぼくがその一人になります」
「はん、なかなか威勢がよくなったやんけ。でも、それやと沙鳥ちゃんをも負かすってことか?」
ぼくはその問いかけに対して首を縦に振った。
思い出すのは、みかんゲーム。
はじめてアイに立ち会ってもらったゲームだ。あの時、さっちゃんが負けたらぼくに好きと言うという条件だった。しかし、今考えるとひとつだけおかしな点がある。
アイは、物理的に不可能な賭けを履行させることはできない。三秒後に十億を用意すること、みたいな賭けは強制できないのだ。
それなのに、アイはみかんゲームを成立させた。
つまり、物理的に不可能なことも賭けること自体はできるんだ。
「さっちゃんは、もう一度愛を賭ければいいんです。そうすれば、負けても愛を伝える能力を失うだけ、つまり現状のままになる」
「ほおん」
そんなことを話していると、階段を昇ってくる音が聞こえてきた。
天月さんだ。
ぼくは緊張した面持ちで生唾を飲み込んだ。
「……あれ?」
階段をのぼってくる音に違和感を覚える。
音が、多い。
その疑問はすぐに解決をした。
「……羽村……さん」
天月さんと一緒にのぼってきたのは、先ほどゲームを辞退したはずの、羽村さんだった。
「どういうことや。ゲーム降りたはずやろ!」
あさひさんが詰め寄ると、天月さんが爽やかな笑顔で言った。
「ああ、羽村さんは、私が雇いました」
「雇ったぁ?」
「そちら三名は同盟を組んでいる。これはさすがに不利なので。羽村さんは何も賭けず、ただ私の指示通りに動いてもらいます」
なるほど。
「このゲームで羽村さんだけが勝ち上ったらどうなるんです?」
「その場合はもちろん羽村さんの勝利となりますよ。ですが、彼女とは既に勝利を譲っていただくという契約を交わしておりますので、最終的には私が優勝ということになります」
抜け目のない契約だった。
「そんなわけでみなさん、賭けるものは決まりましたか?」
ぼくたちは力強く頷いた。
「ぼくは、愛を」
「わたしも愛を」
「うちは、金や」
「ふふ。それでは最後に、私、天月は愛を賭けましょう」
天月さんは高らかに宣言すると同時に扉を開けた。
そこには、円形に並んだ五つの机といすがあった。
ぼくたち全員が席についたのを確認して、天月さんも席につく。腰掛けたそれは椅子と机がセットになっているので、どことなく学習机を思い出す。
しかし、学塾机と大きく違う点が二箇所。
机の天板と前面に設置されているモニターである。
それはクイズバラエティ番組などでよく見たことのある構造だ。天板の部分のモニターに答えを入力すると、前面の部分にも表示されて、視聴者はその前面の部分を見る、一般的なもの。
「それではルール説明に移ります」
天月さんが天板の上に手を置き、モニターをなぞった。
「皆様、手元のモニターをご覧ください」
言われるがままに目をやると、三種類の手のアイコンが並んでいた。
一番右には、パーの形を横から見たアイコン。その掌からは炎のようなものが出ていて、「ショット」という文字が添えられている。
真ん中には手の甲をクロスさせたアイコン。「ガード」という文字が添えられている。
一番左には手を順手と逆手にして指四本をギュッと絡み合わせたアイコン。「チャージ」という文字が添えられている。
「みなさんには毎ターン、これらの中からひとつ選んで頂きます。まずはショット。これは他プレイヤーへの攻撃です。これを選んだ場合は、併せて攻撃対象を一人選んで頂きます」
ショットを選ぶと誰かを攻撃できる。
「しかし、もちろん無尽蔵にショットを撃てるわけではありません。ショットを撃つためには、エネルギーをチャージする必要があります。自分の手番にチャージを一回行えば、一回ショットを撃てる。チャージは無限に蓄積されるので、十回チャージできれば、十回のショットを撃つことが可能です」
チャージ一回で一発分のショットが撃てるようになり、チャージは蓄積される。
「そして、ショットを受けた人間はライフをひとつ失います。このゲームの所持ライフはふたつ。つまり、二回ショットを受けたらその時点で脱落となります。そして、ショットを防ぐ方法は三種類」
天月さんは指を三本立てて、一本ずつ折っていく。
「まずひとつ目、ガードコマンドを選ぶ。真ん中のアイコンですね。これを選んだプレイヤーは、隣り合った二人分からのショットを防ぐことができます。わかりやすく言うと、目の前に二人分の大きさの壁を立てられます」
羽村さんがよくわからないと言った顔をしたので、天月さんは具体例を出した。
「いま私から右回りに、三上さん、久野さん、羽村さん、大塚さんが並んでいます。私がガードを選んだら、三上さんと久野さんからの攻撃を防ぐ壁や、羽村さんと大塚さんからの攻撃を防ぐ壁を立てることはできますが、三上さんと羽村さんといった、飛び飛びの人からの攻撃をガードすることはできません」
「ガードはいつでも使えるんですか?」
「はい。ガードは無制限に撃てます」
ノーコストでガードができるなら無限にガードし続ければいいと思ったけれど、二人からしか身を守れないなら効果的な作戦ではない。
「相手の攻撃を防ぐ手段のふたつ目は、ショットの相殺です。お互いがお互いを狙う形でショットを撃った場合は、双方ダメージが入りません」
ショットの相殺。
「そして最後が、複数からの攻撃指定です。誰か二人以上から攻撃を受けた場合、そこに向かうすべての攻撃が無効となり、ダメージを受けません」
「なんやって?」
「なんですって」
あさひさんとさっちゃんの声がシンクロする。
でも、当然といえば当然だ。このルールがないと、ぼくたち三人で天月さんを攻撃し続ければ、三人からの攻撃はガードでは防げないので、確実に勝利することができる。
「最後に。このゲームは三人以下になった時点で全員がガードをし続けるという手段が有効になってしまいます。よって、三人以下になったラウンドでゲーム終了となります。ルールは以上ですが、なにか質問はございますか?」
ぼくはもう一度頭の中でルールを反芻して、首を横に振った。
三人が生き残るということは、うまくいけばぼくとさっちゃんとあさひさんの三人ともが勝ち上がれるということだ。それはぼくたちにとって願ってもない話である。
「もうひとつ忘れていました。このゲーム中の暴力行為などを防ぐために、立ち上がれないようベルトを付けていただきます。これは脱落したときやゲームが終了したときに外れる仕組みとなっておりますので、ご安心ください」
彼が言い終わったタイミングで椅子から布製のベルトが出てきて、ぼくたちは腰のあたりをがっちりと固定された。
「それでははじめましょうか」
天月さんのその言葉に呼応するように、彼の背後にアイが登場する。
「このゲームも、ワシが取り仕切ろう! ゲームは『チャージエンショット』。二つのライフを無くしたら脱落。脱落した場合、天月該介、久野鈴也、大塚沙鳥が他者へ愛を伝える能力を失い。三上あさひが月に日本円で十万円以上の利用ができなくなる。これでいいか?」
ぼくたちは力強く頷いて――
ゲームがはじまった。
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