一回戦:自己紹介ゲーム⑤
「天月の言う通りや。うちは人を殺せる。チャンスとあればあんたらの誰だって殺す。そんでな、残念ながらちゃんと、誰かに狙われたときの対策もしとる」
その言葉を聞いてぼくはようやく合点がいった。
どうしてあさひさんは、アンサーの直前にあまり本題と関係のない郵便局の話をしたのか。
「ゲームが始まってから、うちはいくつの名詞を口に出したと思う? 郵便局の例えからはじまって、こうやってぐだぐだと議論を重ねとる。その上、まだ自分の自己紹介フェイズも残っとる。この中からうちの情報をぶち抜くのは、結構至難の技やと思うで」
「きたねぇ!」
参加者から罵声が飛んだ。
それを何食わぬ顔でスルーして、彼女は再び椅子に腰かける。
「このゲームで喋っていいのは自分の自己紹介と、質疑応答の時だけやない。自分がアンサーした時も喋れる。だからうちは、天月を獲れる最大のタイミングで、攻撃と防御を行ったってわけや」
「……そろそろ黙りましょうか、三上あさひさん。かなり時間を押してしまいました」
「はいよー」
あさひさんは大人しく返事をした。天月さんが挑発を重ねる。
「とはいえ、残り全員から攻撃されたらあなたもかなりまずいとは思いますけどね」
「負け惜しみやな。それに、久野と大塚はうちの仲間で……」
――――バン! と大きな音がした。
みんな驚いて音の発信源の方を見る。それは、さっちゃんが机を叩いた音だった。
「三上さん、黙ってください」
丁寧でいて、怒りの籠った口調だった。
ぼくと一緒にいる時には見せたことのない、まさしくブチギレという表現が似合う声色だった。
「ん、ああ。すまんな」
その異様な雰囲気を察したあさひさんは大人しく口をつぐんで、天月さんに司会を渡す。
さっちゃんはつかつかとあさひさんの傍まで歩いて、耳元に口を寄せた。
「あなたの遊びにわたしとすずくんを巻き込まないでください」
その腹の底から響くような低い声に気圧されながらも、あさひさんは飄々と応戦する。
「なんや、うちら仲間やろ」
「利害が一致しているうちは、です。わたしはね、すでにあなたの情報を見抜いてます」
「……はん。なんやそれ」
さっちゃんは、今度はぼくにも聞こえない声量であさひさんに何かを言った。
あさひさんの目が一瞬大きく開かれる。
しかしそれは一瞬で、すぐに平静を取り戻した彼女は強がるように言った。
「別にそれでアンサーすればええんちゃうの」
「ううん。あなたの頭がいいことはわかっているから。利害関係が一致しているうちは共闘してあげてもいいと思っています。なので、今あなたを殺すことはしない」
さっちゃんの目が黒く濁っていく。
「少なくともこのゲームに関しては、あなたの命を握っているということ、忘れないでくださいね」
そう言ってさっちゃんはぼくの隣に戻ってきた。
ぼくがどう声をかけていいか迷っていると、マイクを持った天月さんが大きなタイマーを一分に設定して、「私の自己紹介を始める前に……」とこちらへ呼びかけた。
「少し考えたのですが、さっきの三上あさひさんのように、アンサー時に情報を紛れ込ませるのはこちらの意図したものではありません。これは自己紹介ゲームですから。もう彼女は仕方ないとして、今後はそれを防ぐために時間制限を設けようと思います。いかがでしょう?」
まあ、妥当な判断だと思う。
っていうか普通はアンサー中に雑談をかましてそこに情報を紛れ込まそうだなんて思わないだろう。
「二十秒。解答時間は一回のアンサーにつき二十秒以内、としようと思います。特に反対意見がなければ新ルールとして付け加えようと思いますが」
天月さんは全員の顔をゆっくりと見た。
当然、特に反対意見は出なかった。
「それでは。アイ、ルール追加だ」
「わかったのじゃ。アンサーは二十秒以内に行うこと。それを越えた段階で強制的に終了とする」
天月さんはその言葉に頷いて、「それでは続きを行います」の声と共に、タイマーのスタートボタンを押した。
「改めて、
天月さんの自己紹介がそつなく流れて行く。
ぼくは正直、天月さんにアンサーをする気は微塵もなかった。
彼はゲームのルールを把握した上で情報を設定している。つまり、自然に自己紹介をできるのだ。
一分間の自己紹介に、名詞がどれだけ出てくると思う?
いくら一人二回のアンサー権を持っていたとして、全員で天月さんを攻撃したとしても、当てられない可能性が高いだろう。
逆に、ルール説明を最後まで聞かずに情報を設定していたプレイヤーたちへ向けては、アンサーしやすいと言える。
というものの。
「さすがに借金を負わせることがわかっているのにアンサーはできないよね」
このゲームで相手を脱落させてしまうということは、その人に三千万円の借金を負わせるということ。
ぼくにそんな度量はない。
でもさっちゃんにそう振ると、彼女は首を振って答えた。
「わたしは一概にそうとは言えないかな」
「なんでさ。みんなアイに唆されただけで、悪人ってわけじゃないんだよ?」
「悪人は多額の借金を背負ってもいい、みたいな考えもどうかと思うけどねー。三上さんのせいで、今会場は『殺される前に殺した方がいい』という空気になってると思うんだ。ってことは、わたしたちが何をするまでもなく、誰かが脱落してしまう可能性がある。そうなった場合、わたしたちにできることはなんだろうねー」
ねー、のタイミングで首を横に傾げる。
いつもなら可愛いと言って頭を撫でているところだったけれど、ゲームが始まってからのさっちゃんは少しだけ怖いので、ぼくは自粛をした。
「ぼくたちにできること……」
「ほら、この船に乗った目的ってなんだったっけ?」
「そりゃ、デートでしょ」
「ちがうよ!」
あれ、違ったっけ。
確かさっちゃんと共通の目的を持って何かができるという意図だったような。
違う、アイの欠片を集めて、元通りにするんだ。
「そうだよー。そしてそれには報酬があったよね」
なんでも願いを叶えてくれる。
「そうか! その力で脱落者の借金をなかったことにすれば――――」
ピピピピ。
その瞬間、けたたましいアラームが鳴り、天月さんの自己紹介が終わった。
「それでは質疑応答です」
再び電子音が鳴り、今度は二分のカウントダウンが進んでいく。
十秒ほど、誰も手を挙げない沈黙の時間が流れた。
自己紹介に質問来ないの、キツ〜。
いたたまれなくなったぼくは手を挙げて「質問です」と言った。
少し嬉しそうな顔をした天月さんの右手がぼくを指す。
「天月さんはぁ、結婚とかしてますか?」
「ふはっ、私は新任の教師か何かですか。残念ながら独身ですよ。結婚願望自体はあるんですけどねえ」
質問内容に意味はなかったし、別に天月さんに興味があるわけでもなかったけど、質問をした手前ぼくはへぇと相槌を打った。
その瞬間、会場の端っこから遠慮がちに手があがった。
若い、と言っても三十台であろう女性だった。
「では次、あなた」
天月さんが彼女を指名すると、予想外の反応が返ってきた。
「ア、アンサーです」
「ん?」
「だっ、だから、アンサーです!」
なんだって?
会場にいた全員が慌てて彼女の方を見た。天月さんの自己紹介はいくつもの名詞が登場しており、怪しい匂いのする単語はなかったはずだ。
それなのに、アンサーだって?
「ふむ。ではどうぞ」
「相手は、今質問をした、大学生くらいの男の子です!」
――――ぼく?
「チッ」
隣からとても大きな舌打ちの音がした。見なくてもわかる、さっちゃんだ。
ぼくは緊張しながら女性の方を向いた。
「天月さんが結婚をしているかどうかなんて、どうでもいいのにわざわざ質問しましたよね」
「や、それは」
単純に誰も質問しない空気がいたたまれなくなっただけなんだけど。
「あなたの情報は『結婚』、です。さっきの話じゃないですが、自己紹介に情報を紛れ込ませるより、安全ですもんね」
ビシッと指を指されてしまったんだけれど残念ながらぼくの設定したワードは結婚ではない。
首を横に振ると同時に、アイが不正解を宣言した。
「そんな!」
さっちゃんが安堵のため息を吐いた。
そして顔をあげた彼女の目には――――怒りが籠っていた。
「さ、さっちゃん。落ち着いて」
「落ち着いてられるわけないよねー。わたしの彼氏に手ぇ出しておいて、許されると思ってる?」
さっちゃんは大きな音を立てて立ち上がった。
そしてアンサーをした女性を睨みつけた後会場をぐるりと見回して、宣言をする。
「――――全員、殺す」
遠くであさひさんが、「このゲームでは二人までしか殺せへんよぉ」と呑気に言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます