一回戦:自己紹介ゲーム⑥
「別に全員殺すってのは、感情に任せて言ったわけじゃないからね」
「あ、そうなの?」
さっちゃんの宣言の後は誰も一言も発することができず、その間にさっちゃんは、ぼくに言い訳をしてきた。
「いま、参加者は自分が生き残るためなら他人を沈めることも厭わない雰囲気になってる。すずくんにアンサーしたあのクソ女がいい例だよね」
口調こそぼくのよく知っているさっちゃんだったけれど、時折出る汚い単語から彼女の普段は見せていない面が垣間見えた。
「となるとわたしたちが勝ち上って、アイの力で借金をなかったことにするのが一番みんなが幸せじゃない?」
彼女は言葉を続ける。
「そうなった場合、わたしたちはこの戦いの後の勝ち方を考えなきゃいけない。で、この会場で一番警戒するべきは天月で、二番目は三上あさひさん」
天月さんは言わずもがなで、確かにあさひさんも警戒すべき一人だ。
彼女は、このゲームから天月さんが脱落した時点で簡単に敵対するだろう。
しかしぼくは、そんなことよりもさっちゃんが天月さんのことを呼び捨てにするのがすごく気になった。
ゲームが絡んで性格が変わると人の敬称を略すのかなとも思ったけれど、あさひさんのことはさん付けで呼んでいる。
もしかして、二人は知り合いだったりするのか?
でも接点が思いつかない。
「正直この会場で警戒するべきはその二人だけで、他の人は眼中にないんだけど、それは意識の外から足元をすくわれる可能性があるってこと。素人の手は、素人すぎて逆に読みにくいんだよ。だから、優勝するためにはこのゲームでできるだけ多くの不確定要素を排除しなきゃいけない。」
ごちゃごちゃとぼくが考えている間に、さっちゃんの話が終わった。
ぼくたちが勝ち上がって救うために、ここで退場してもらう。
その理屈はとてもわかりやすく、話半分で聞いていたぼくでもすんなりと理解できた。
とは言え、ぼくはまださっちゃんのように割り切れない。
第一ゲームでぼくたちが勝ち上るというところまではいい。しかし、敗者たちの借金をチャラにするためには、まだ内容も発表されていない第二ゲーム以降でも勝ち上がることが必要になる。
もちろん負けるつもりはないよ。
でも、ゲームの内容を聞く前から、そのゲームで自分が勝つことを前提に動く、という踏ん切りはぼくには付けられなかった。
そしてぼくが迷っている間に、二番目の人が壇上に上がった。
「こんにちは。
三十代くらいの男性で、すらーっとしたスーツの似合いそうな体系の人だった。
「会社員をやっています。えー、普段は……えっと」
あまり自己紹介に慣れていないのか、シンプルに緊張しているのかわからなかったけれど、彼の自己紹介はとてもしどろもどろだった。
恐らく後者、シンプルに緊張しているのだろう。
「普段は映画とか観ます。あー、そう、それで、今日は満員電車で、行きの電車がすごい混んでいてですね」
「アンサー」
自己紹介が、さっちゃんの冷たい声によって中断された。
江口さんの肩がビクリと震える。
その反応を見て、彼女は申し訳なさそうにため息をついた。
「ごめんなさいね。でも、江口さんのことは必ず救いますから」
「……は」
「『満員電車』」
「……」
端的な解答に、場が沈黙で包まれる。
そしてその沈黙を破ったのは、もちろん人外の審判者、アイだった。
「正解じゃ! 江口修の情報は『満員電車』」
「あ……ああ……」
膝から崩れ落ちた江口さんは、そのまま右拳を床に振り下ろして。
す、と立ち上がり、出口の方へと歩いていった。
「え?」
それはとても三千万円の借金を負わされた人間の足取りとは思えないものだった。
「すずくん、自分が三点倒立をした時のことを思い出してみ」
「ああ、確かに」
かつて、アイの絶対誓約の力を試すためにさっちゃんとじゃんけんをしたことを思い出す。
みかん汁で目つぶしをされた回だ。
あの時のぼくは、賭けの清算をすることで頭がいっぱいで、三点倒立を終えるまでそのほかのことは完全に頭から抜け落ちていた。
江口さんにもそれと同じことが起きているのだ。
このゲームで負けたら、悲しみや絶望を抱く暇もなく、船から降り、借金を返すことだけを考えて生きることになってしまう。
当然、死ねば借金が返せなくなるので、食事をしたり労働をしたりはするだろう。
それでも、それは生きていると言えるのだろうか。
「……さっちゃん」
「なにかな」
「やっぱりぼくは反対だよ」
「どうして? わたしたちが優勝すれば問題ない、というか逆にわたしたちが優勝する以外でみんなを救うことはできないんだよ?」
「ぐっ、そうかもしれないけど。それでも、もしぼくたちが」
「負けないって」
「……」
「むしろ余計なプレイヤーが生き残っている方が、変な要素が介入しやすいから負ける可能性が増えるんだよ」
「でもっ」
「ヒナミのお爺さん、だっけ?」
その名前を他者の口からきくことはほとんどなかったので、ぼくの心臓がドクンと跳ねる。
ヒナミの爺さんの名前を口にしたさっちゃんの目は、彼と全く同じ輝き方をしていた。
すべてを覗き込むような、深淵の黒。
「その人。伝説の勝負師さん曰く、勝負事に大切なのは準備と自分を信じることなんだよね」
頷く。
「わたしは、第二ゲームに余計な要素を介入させないために今ここで人を選別する、いわば準備をしている。それは、わたしがこの船で優勝するためなんだ」
「……」
「対するすずくん。気持ちはわかるよ。ごめんね、すずくんをいじめたいわけじゃないんだ。それでも、勝ち上がるための準備をせず、自分が優勝するって信じ切れてもいない。君の尊敬する勝負師さんの言いつけを守っているのは、どっちかな」
反論の言葉を探したけれど、見つからなかった。
ぼくは自分の勝利を信じ切れていない。
それに、いくら一時的にとは言え、自分の手で他人を借金の沼に蹴落とすなんてできない。
きっと、そのラインを越えられるかどうかが、ぼくと彼女たちを分かつラインなんだろう。
「では気を取り直して、三人目の方、大塚さん。壇上へ」
――――ん? 今大塚って言った?
普段さっちゃんと呼んでいるから忘れがちだけれど、彼女の名前は大塚沙鳥だ。
全員殺す宣言をした直後、実際に一人をステージから引きずり下ろした張本人。
いまこの会場で一番ヘイトを買っている人間だ。
いくらさっちゃんとはいえ、残り全員から攻撃をされてしまったら敗北することだってあり得る。
そう心配していると。
――――彼女はぼくの想像のはるか上を行くスピーチをし始めた。
「大塚沙鳥です。先ほどは強い言葉を使ってすいません。でも少しだけわたしの話を聞いてください」
彼女はぼくとあさひさんの座っているテーブルを指さした。
「さっきそこの女性が言ったように、わたしたち三人はチームを組んでいます。だからわたしは、残っている四つのアンサー権をフルに活用して、本気でみなさんを攻撃するつもりです。でも中には攻撃されたくないのはもちろん、攻撃をしたくない方だっていらっしゃるでしょう。わたしはそんな方とは敵対したくないんです」
さっちゃんの一挙一動を天月さんは興味深そうに眺め、あさひさんは嫌な笑みを浮かべたまま見ている。
ぼくは固唾を飲んで行方を見守る。
「もしそういう方がいらしたら、取引をしましょう。あなたのアンサー権をわたしに下さい。その代わりこのゲーム中、わたしはあなたにアンサーを行いません。応じてくれる方、先着二名です。壇上へ来てください。少し早いですが、わたしの自己紹介は以上です」
大塚沙鳥の自己紹介は自己紹介などではなく。
このゲームを有利に進めるための、取引条件の開示だった。
「……」
なんとなくぼくは嫌な気持ちになった。
彼女のスピーチは緻密に練られている。
ぼくもあさひさんも彼女にアンサー権を預けた覚えはないのに、あたかも自分があと四個のアンサー権を持っているかのように話したこと。
実際に江口さんを落とした実績から、狙われたら落とされるかもしれない恐怖心を植え付けたこと。
アンサー権を頂きたい、ではなく戦う意思のない人とは戦いたくない、とマイルドに言い換えたこと。
そして先着二名という人数制限を設定したこと。
これは、提案じゃない。
――――――――脅迫だ。
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