一回戦:自己紹介ゲーム④

 休憩時間が終わっても、会場を包む悲壮感は消えなかった。

 このギャンブルは、勝ち上ればアイになんでも一つ願いを叶えてもらえる。そしてそのためのリスクはない、というのが前提条件だったはず。

 そこへ急に三千万円の借金というリスクがまとわりついてきた。

 話が違う、と言いたくなるのも無理はない。


「それではゲームをはじめます。みなさん準備はよろしいでしょうか」

 天月さんが再び前に立った。

「自己紹介の順番は、まずはチュートリアルの意味も含めて私から。そこから先は五十音順で行きましょう。まあ、天月あまつきなので、どのみち一番手ですが」

「……」

 異を唱える者は誰もいなかった。

 先手必勝のゲームとは言え、アンサー権が余れば後ろの人に集中放火される可能性だってあるのだ。

 どちらが有利なのか判断する時間も心の余裕もぼくたちにはなかった。

「今から数秒後にこのタイマーがポーンと一度鳴ります。それがゲームスタートの合図」

 コト、とタイマーをテーブルの上に置く。

 天月さんを除いた参加者全員が、顔をあげた。

 見ると、泣いているような女性の姿もあった。

 緊張が走る。沈黙が訪れて、小さな息遣いだけが聞こえる。




 ――――ポーン。

 間抜けなタイマーの音が鳴り響いた。天月さんが右手を大きく掲げて宣誓する。



「それでは開始です!」

「『アンサー』や」


「――――――――は?」

 プレイヤー全員が、一斉に声の主の方を見た。

 

 彼女は座ったままの姿勢で足を組み、不遜な表情を浮かべながらふてぶてしい口調で言葉を繰り返す。

「なんや、聞こえへんかったか? 『アンサー』や」

「……」

 プレイヤー全員が度肝を抜かれた。

 まだゲームは始まった直後で、自己紹介は始まってすらいない。

 つまりノーヒントの状況だ。

 そんな中、何を根拠にアンサーをコールしたのか。

 固唾を飲んで彼女の方を見る。

「なんやみんな揃ってそないな間抜けな顔して。うちがアンサー宣言をしたことがそんなに不思議か? ならええで、こんな小話をしたるわ」

 あさひさんは足を組みなおして、両手を広げた。


「ある女性の家のポストに、毎日毎日差出人不明のが届いとった。内容は気持ち悪いストーカーからの手紙で、その内容から同一犯やってことが予想できた。気味悪くなった女性は、家の前に監視カメラを仕掛けることにしてん。切手がないってことは誰かが直接ポストに投函しとる。監視カメラでその瞬間をとらえて、差出人を突き止めようとしたんやな」

 全員が、いったい何の話だと思いながらもあさひさんの口調に飲まれていく。

「その日の夜、新聞やら何やらと一緒にまた差出人不明のいつもの手紙が入っとった。せやから女性はビビりながらも監視カメラの映像を見たんや」

「……」

「でも、


 じゃあどうして手紙が入っていたんだ。

 手紙が入っているということは、誰かがそれを投函したということじゃないか。

 そう思っていたらあさひさんがゆっくりと回答編を語りだした。


「この話な。結局、便やったっちゅう話やねん。女性からしたら配達員はいつも新聞をいれる人、つまり存在しない人になる」

「ああ、なるほど」

 確かに郵便局の人が直接手で入れていたとしたら、その人が犯人だとは思わないかもしれない。

 納得して声を出したけれど、それがこの話が何に繋がるのか全く分からなかった。

 そんなぼくの疑問に答えるかのように、彼女は言葉を続けていく。

「この小話から学ぶべき教訓はひとつや。、ってこと。物理的な透明人間とちゃうで。。つまりな」

 あさひさんはビシッと、天月さんの方へ突き刺した。


「天月亥介。うちのアンサーはあんたに対してや」


「ほう」

 天月さんは楽しそうに笑う。

 参加者は固唾を飲んで成り行きを見守っている。


「情報は、


 誰かの息を呑む声が聞こえた。

 ぼくは思わず両手で膝を叩く。それはすべてのプレイヤーの意表を突く一手だ。

 なんとなくみんな、天月さんの言葉でゲームが開始したと思い込んでいたが、彼はタイマーが鳴ったらゲーム開始だと言った。

 つまり、天月さんのゲーム開始宣言には何の意味もない。

 何の意味もないが故に、人間の心理的盲点になっていた。

 あさひさんはそこを突いたのだ。

 彼女は相変わらず足を組んで、天月さんを試すような目で睨みつける。

 全員が固唾を飲んでその行方を見つめていた。

「……ふふ」

 被アンサー者の天月さんは、しかし頬を緩ませた。

「あぁ? なんや、ちゃうんかいな。それは残念や」

 どうやら天月さんの設定した情報は、『開始』ではなかったようで、ぬっと彼の背後に出てきたアイが「天月は嘘をついておらん。三上あさひ。お主のアンサーは不正解じゃ」と答え合わせをした。


あさひさんはさほど残念がっておらず、両手を大きく広げて椅子の背もたれに身を預けた。

「ふふ。あなたのその挑戦的なところは好きですよ」

「お前なんかに好かれても嬉しくないわ」

「でも、今の一手は悪手だったんじゃないでしょうか」

「なにがや」

 彼は意味ありげに口をふさぎ、参加者一人一人の目を見回した。

 舐めるような、それでいて何かを訴えかけるような目。

「みなさん」

 全員が天月さんから目を離すことができなかった。

「このゲームには必勝法があること、お気づきでしょうか」

「……」

 それは、さっきアイが言った「誰もアンサーしなければ全員が勝ち上れる」というものだろう。

「そうです。このゲームは、誰も何もしなければ、。そちらの久野さんが言ったように、船を降りたら三千万円を支払わなければならない以上、全員で勝ち上るという選択肢をとれるなら取りたいですよね」

 あさひさんは余裕の表情を浮かべたまま成り行きを見守っている。

 さっちゃんは退屈そうに頭を人差し指でトントンと叩いている。

 天月さんが、反撃の一言を放った。


「それなのに、三上あさひさんはその均衡を破りました。彼女は他人を簡単に攻撃できる人です。そして彼女にはアンサー権がもうひとつ残っています」

 それを聞いて徐々にみんな、天月さんが何を言いたいのか理解してきた。

 だんだんと、目が鋭いものになっていく。

 それでもあさひさんは余裕の表情を崩さない。

 会場に静寂が広がる。

 この会場には人を殺せる人間がいる。だったら、殺される前に殺した方がいい。

 それに気付いた参加者たちが、いっせいにあさひさんの方を見た。


 それでも――――

「ハッ、それで反撃したつもりかいな」

 ――――彼女は余裕の表情を崩すことはなかった。

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